オメガの恋

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 初恋は、同じマンションに住む四つ年下の幼馴染だった。  小柄で、お餅のように丸くて白いほっぺと、くりくりとしたまん丸い目をしたおとなしい子だった。何かあるとすぐに母親のスカートの影に隠れてしまうような。それでも、笑うと花が綻ぶように可愛くて、湊は子供ながらにその笑顔に目を奪われた。  その頃、湊は同じマンションに住む子どもたちの中でリーダーのような位置にいた。両親も八歳上の兄もアルファで、湊自身も同じ年頃の子どもたちの中で背が高く、利発でスポーツも得意だった。だから湊は、自分がアルファだと信じて疑わなかった。中学生か高校生になったら、自分もアルファとして覚醒するのだと。  そして、白くて小さくて可愛らしいその子はきっとオメガだろう、と。  なんの根拠もなく信じていた。 「どこ行くん?」  適当に車を走らせて五分ほどが経ったところで、助手席の颯太がそう聞いた。 「ん〜、どこがええ?」  特に行く先を決めていたわけではない湊はそう問い返す。「んん……」と、颯太が考え込む気配が隣でした。 「山の方行ってもええけど……この時間やと夜景はまだ見られへんか。やったら海かな」  二人の暮らす街は、大阪府の東の端、奈良の手前にある。生駒山の展望台に行けば大阪市内が一望できるが、夜景を楽しむにはまだ少し時間が早い。それに、悩みを聞くなら定番は海だろうという気がした。頭の中で経路を検討し、取り敢えず西に進路を取る。 「……海連れてってくれるん?」 「まだ泳がれへんけどな。マックと砂浜散歩するぐらい出来るやろ」 「やって、楽しみやな、マック」  颯太が後ろを振り返って言うと、「わん!」とマックが嬉しげに鳴いた。素直な一人と一匹に、湊の口角が自然と上がる。 「ラジオつけてええ?」 「ええよ。マックも慣れとぉし」  前に向き直った颯太がダッシュボードのモニターに指を伸ばす。タッチパネルを操作してラジオをつける指先が、前を向いたままの湊の視界の端をかすめた。色の白さは子供の頃から変わらない。中学の頃の颯太は運動部に所属していたからまだ多少は日に焼けていたが、高校からは帰宅部で元々の肌の白さになっている。  女の子のように手入れをしているわけではないだろうが、丸い爪の先まで自然なピンク色をしていて、白い指も綺麗な肌をしている。ただ、指の長さや節の感じはあくまで男の指だ。今ではもう、オメガの湊より手のひらも大きいし指も太い。  普通の、ベータの男だ。  それでも今でも、湊は颯太が可愛くて仕方ない。叶わなかった初恋を引きずっているつもりはないが、表情を少し曇らせるところを見ただけでドライブに連れ出す程度には今でも特別だ。 「……あ、この曲好き」  湊の内心など全く気づいていない颯太が呟いた。運転中なので表情までは見れないが、声音から今はもう暗い顔はしていないのだろうと分かる。  颯太が元気に笑っているのなら、湊はそれで十分だった。
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