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黄昏時の波打ち際で、颯太とマックが楽しげにじゃれている。
湊はそれを、砂浜と松林の境目にある緩い階段に腰掛けて眺めていた。スニーカーと靴下を脱いで湊の隣に置いていった颯太は、制服の黒いスラックスの裾を膝下まで巻き上げている。その足元で跳ね回るマックは波しぶきを浴び、すっかり砂まみれだ。帰ったら風呂入れたらな……と、その光景を眺めながら湊はぼんやりと考える。つい数時間前に美容院でキレイにしてもらったばかりだが、その手間を嘆く気分にはならなかった。
颯太とマックが楽しそうだからだ。それに幸い、マックは風呂を嫌がらない。素直に洗われてくれる。
微笑ましく眺めていると、太陽が水平線にかかり始めた頃になってマックを抱き上げた颯太がのんびりとした足取りで湊の方に戻ってきた。
「おかえり」
砂浜で駆け回っていたせいで、マックも颯太も息が上がっている。その様子に笑い混じりの声をかけると、颯太の腕の中のマックが鼻先を湊の方に伸ばしながらゆっくりパタパタと尻尾を振った。湊が抱きとめる形で両手を伸ばすと、颯太の腕から素直に湊の方に移ってくる。颯太が湊の隣に腰を下ろした。
「砂だらけやな〜」
膝の上に乗せたマックの毛を撫でながら鼻先を寄せて声をかける。マックのかわりに颯太が「うう……ごめん……」と済まなさそうに言った。
「ええってええって。マックが楽しそうやったし。……な〜マック。颯太に遊んでもろて嬉しかったやんな?」
前半は颯太に、後半はマックに向けて言う。舌を出してハッハッと荒い呼吸をしながら、マックが嬉しそうに尻尾を振った。
「颯太は?」
「ん?」
「気分転換できたか?」
視線はマックに向けたまま、できるだけさらりとした声音に聞こえるようにと思いながら湊は言った。颯太からの返事はすぐにはなかった。波音が沈黙を埋める。しばらくしてから、
「俺、そんな分かりやすかった……?」
と、颯太が小さく言った。
「まあ」
と、やんわりと肯定する。小さい頃は大人しくて引っ込み思案だった颯太だが、成長とともに明るく快活になり、感情が素直に表情や態度に出るようになった。一言で言えば分かりやすい。
だが、颯太の気落ちした様子に湊が気づいたのはそれだけではない。分かりやすいのはお互い様だと湊は思う。初恋を引きずっているつもりはないが、颯太の一挙手一投足に自分は反応せずにはいられない。それがほんの些細なサインでも。
「豊となんかあったんやろ?」
水平線に落ちていく夕日を見ながら、湊は言葉を続けた。西の空が深い橙色に染まり、東の空の濃い紫へと鮮やかなグラデーションを呈している。
「ん……」
「俺で良かったら聞くで」
夕焼け空から膝の上のマックに視線を戻し、海水の乾きかけた毛を優しく撫でて砂を落としてやる。撫でられるのが心地良いのか、マックは湊の膝の上に顎をつけて伏せた。隣から颯太の指が伸びてきて、マックの首元を控えめに撫でる。
「ええんかな……」
ためらうように颯太が呟く。昼と夜の狭間で風が止む。夕凪の砂浜に穏やかな波の音が寄せては返す。
湊は隣に座る颯太の肩に片手を回した。本当なら抱き寄せたかったが、体格差のせいで自分のほうが凭れかかるような格好になる。ベータの颯太は、背の高さも肩幅も、オメガの湊をとっくに追い越してしまった。
「無理には聞かんけど」
と、マックを撫でる右手を止め、左手で抱いた颯太の肩をトントンと優しく叩きながら湊は言った。
「一人で抱えてんのしんどいやろ?」
と。優しく物わかりの良い兄貴分の声で続ける。聞かない方が良かったと後悔することになるなど、知りもせずに。
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