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見かけるのがいつも図書館だったから、あなたは本の精のような気がして声を掛けるのは躊躇われた。飾り気のないパーカーにデニム。前髪重めのマッシュヘアにシルバーのメタルフレーム。猫背で俯きがちに書架の間に佇むあなたには、雪催いの薄明るい陽の下が似合う。そんなイメージを勝手に作り上げてしまうほどに、静かな存在。
「図鑑、お好きなんですか?」
時が止まったような閲覧室で、ゆっくりと頁を繰る指の動き。時折文章を追う皎くて長い指先に、たまらなくなって、ある日ついに声を掛けてしまった。
顔を上げたあなたの面を覆うハッキリとした警戒の相に、ほんの一瞬己の愚かさを呪ったけれど、やっと捕まえた蝶を手放したくない焦りがそれに勝った。
「最近の図鑑は綺麗ですよね」
身をこわばらせていたあなたは、ほうッと息をついて、緊張の糸を解いた。長い睫毛を俯けて視線を落とし、白い掌でそっと愛おしそうに翼を広げた野鳥の写真を撫でる。しなやかな指の動きにゾクッとして、私は慌てて視線を背けた。
「はい……好きです」
それは私に向けられた言葉ではない。解っていても、胸の奥に甘い痛みが走った。
「あの……、もし、お時間がありましたら、お勧めの図鑑とか……教えていただけませんか?」
「え……」
決死の思いで絞り出したお誘いに、あなたが返したのは怯えと戸惑いの表情。ちょっと強引すぎるナンパだったかと自己嫌悪に沈む程に長い逡巡の後、あなたは、小さく首肯いた。
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