一 雲雀鳴く

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 開墾地を見下ろす土の上に、桐野は太郎と並んで腰を下ろした。汗をかいた身体に、優しい春風が心地よい。  太郎が竹の皮に包んだ握り飯を渡してくれる。邸から持ってきたものだ。いつもこの青年が握ってくれる。 「穴ン二人の様子はどげんちな」  竹筒の水を飲みながら、桐野は尋ねた。 「山下の爺様のお話では、変わりなく過ごしているとのことです。お渡しした着物や食料は、今夜にでも持って行って下さると」 「そいか。有難か」  桐野は頷き、握り飯を口に運ぶ。  「山下の爺様」とは、昔から桐野が懇意にしているこの地域の豪農である。桐野が幼かった頃、困窮して年の暮れというのにもち米も買えなかった。それを憐れんで、この山下がもち米を送ってくれたのだった。親切で、また侠気ある老人だ。この地を開墾地に選んだのも、山下の勧めによる。 「日ば落ちたら、おいも顔ば見せてやらんとの」 「今夜にでもぼくが見てきます」 「うんにゃ」  桐野は指についた飯粒を舐めた。 「ずっと穴ン中じゃ。ちっとは世間の話も聞きたかがじゃろ」  そう言って、ちらと太郎を見た。忠実な僕は不安げな顔をしている。 「心配か」 「………はい」  素直な返事に、桐野は苦笑する。握り飯を手に取り、口に運んだ。 「西郷(せご)さぁにも露見してしもうたしの。迷惑ばかけられん。おいもよほど気ばつけっで、そう心配すっじゃなか」  太郎はまた「はい」と言った。それから竹筒の水を飲み、思い切った様子で「半次郎さん」と言った。 「ん」 「何でもやりますから、どうかぼくを使って下さい」  桐野は忠実な僕を見た。そして黙って、その背を叩いた。
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