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漫画やアニメのヒロインはいい。
あの子達は、パートナー選びに失敗が無い。どんなに幼い頃に出会ったとしても、主人公は中身の伴った立派なイケメンに成長するのだ。そして、一途にヒロインに尽くしたりする。
子供の頃から、そういった漫画の主人公に憧れていたのに・・・どこで人生を間違えたのか。
世間では夏休みだ、旅行だなんだと浮き足立った声が聞こえる7月下旬。飯田綾子はどん底にいた。別れて二ヶ月も経つ男が職場まで押しかけてきたのだ。気が滅入らない人間がいるだろうか。
綾子は喫茶店で人目も気にせず土下座をする男を見下ろし、ため息を吐いた。
「あのさぁ・・あたし達、別れたよね?これ以上しつこい様なら警察行きますけど?」
頭を擦りつける見事な土下座。
元彼氏、前島友は頭を上げようとしない。くぐもった声で聞きたくない台詞が、綾子の耳に届いた。
「金・・貸してください」
全く、この元彼氏は顔はそこそこ整ってはいるが、中身が全く伴っていない。何故こんなのを選んでしまったのか。頭を踏みつけてやりたい衝動と必死で戦いながら、努めて冷静な対応を取る。
「だから、そういうだらしない所が嫌で別れたんですが・・・」
冷たい声を浴びせられ、やっと友が顔を上げる。目が合って数秒、にいっと友が無邪気な笑顔を見せたかと思うと、耳を疑う発言をした。
「俺、別れるつもり無いけど?」
「はああぁっ!!?ふざけんなっ!」思わず立ち上がり、ガラの悪い言葉で叫んでしまった。
「あたしもう29なんだよね!!結婚もしたいし子供も欲しい!あんたに付き合ってこれ以上人生を無駄にしたくない!!!」
「働くよ」いつに無く真面目なトーンで、真面目な顔つきで友が真っ直ぐにこちらを見ている。
綾子はフルフルと震える手でテーブルの上にあるグラスを掴むと、友の頭に浴びせかけた。そして目線を合わせるべくしゃがみ込むと、唖然とする友に言い放つ。
「寝言は寝てから言え」
沈黙が降りる。立ち上がろうとする綾子の腕を、友が引きとめた。
「アヤ・・・相変わらずキツイなあ・・・冗談だよ。もう働いてんの、俺」
「は?」綾子は何を言われているのか解らず、手を振り解こうともがいた。
「だから、別れるつもり無いって。迎えに来たんだよ?仕事もみつけたの!!もう一度チャンスを下さい!!」
チャンス?何を言っているんだろう。
付き合って三ヶ月で転がり込んできて、半年経つ頃には無職。そして二ヶ月前、付き合って一年の記念日に自分の住むアパートから追い出した。
そんな男がたった二ヶ月で変わるわけが無い。
「俺、頑張るよ。アヤがいないと生きていけないんだ」
この笑顔に何度後悔してきただろう。綾子は自分は本当に馬鹿なのかと思った。それを口にしては駄目だ、頭では解っているのにその言葉はもう既に零れ落ちていた。
「そういう事は、仕事みつけてからにして」
「みつけて来たって!もう働いてんの!!何度言わせんだよ・・・」そう言って友はニンマリと笑う。もう自分の居場所を確保した顔だ。
「じゃ、半年続いたらね」
その次はこう言うのだ半年続いたら、一年、一年が終わったら一年半そう言って本気を試そう。
そう考えている自分は相当「甘い」
ゆっくりとした動作で友の腕を解き、席に座りなおした。綾子は諦めたように、深い深い溜息を吐き出すと、目の前にある友の煙草に手を伸ばす。
「これじゃあ、当分幸せになんてなれないな」そう自分に毒づくと、何年も辞めていた煙草に火をつけた。
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