結婚式狂想曲<序>

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結婚式狂想曲<序>

 あの兄が結婚する。  最初はアタシ、フルティカル・ポラリス・ミックスは、何かの冗談かと思った。  結婚式が始まってからも、現実味がない。  ――兄が人間的な(情熱)に目覚めたのか?  自分の兄にこんなことを言うのも何だが、あの偏屈が変わるとは思えない。  あの兄のアトルシャン・ミックスが、まともに人を愛せるかどうか、甚だ疑問だったからだ。 「では誓いのキスを――」  新郎()の結婚の儀式は、ウチの宗教には珍しく厳かに行われた。  新婦(義姉)は神秘的な褐色の肌に、白いウエディングドレス姿が眩しかった。兄のほうはゆったりとした黒い服を着込んでいた。  そして顔は……いつも空気を掴むような感じなのに、しかも自分の結婚式だというのに、胃でも痛いのか眉間にしわを寄せていた。  朝からそんな顔をしていたら、「作り笑いぐらいしろ!」と、言っていただろう。しかし、そんな暇はなかった。宗教上の理由で、当日、女性は新郎には会えない事になっている。  そして、クライマックス。  誓いのキスの時、新婦の顔が隠れたときだ。  新郎の背中に、義姉の手が回る。その手にした小さな花束(ブーケ)の中に違和感があった。  ――手に何か持っていたような……  花以外の何かが見えた気がした。  それがナイフであることに気が付くのには、時間が掛かった。 「うッ……」  兄が場に似合わない声を開けだ。それにゆったりとした黒い服が、見る見る濡れていく。  ――なに!? 血っ!  黒い服では赤い血の色は分からない。だが、兄が力を抜かし、膝を床に着けた。それに口からあふれた血が、新婦の唇についているようだ。  彼女は唇に付いた兄の血を、真っ白なウエディングドレスの袖で拭いた。その時の赤いシミが、彼女の頬の右へと伸びる。 「けっ、警備兵!」  隣に座るアタシの父が叫んだのは、それからだ。  学者肌でいつも顔色の悪そうな父であったが、椅子から飛び上がり、ほとんど聞いたことのないような大声を張り上げた。  まあ警備兵など、式場にいないのだけれど……  そのひとつ開けて向こう側に座る祖父(お爺ちゃん)は、ピクリともしない。両手で杖を突いたまま、ジッと倒れ込んだ兄を見ているだけだ。 「医者でしょ。こういうときは!」 「そっ、そうか……医者だ! 医者を呼べッ!!」  アタシの指摘に父が取り乱しながら、再び声を上げた。  一応、父は自分のしていた()()()()()であるが、『決断力に難あり』と過去の報告書に書かれていた。  自分の父親ながら、テンパることが多いので困ったものだ。しかし、この式場で今、起こったことに、参加者が混乱するのは当たり前だろう。  分かっていることは、土壇場でアタシの義姉になるはずだった人が、兄をナイフで刺した。しかも、参加者の目の前でだ。  義姉の参加者も、ウチのほうも、茫然としている者が多い。  ただ、一部の人間が――ウチの参加者だが――狂乱を起こした義姉に飛びかかり、押さえつけようとした。  ――無理よ! 下手に彼女に近づいては……  心の中でいっても仕方がない。  義姉は……彼女は格闘技のエキスパートだ。  動きにくそうなウエディングドレスだろうが、お構いなしに取り押さえようとした男達を、足蹴りでなぎ払ってしまう。履いていたハイヒールなど、武器でしかない。  そして、身のこなし軽やかに、参列者の中を、兄を刺したナイフ1本で滑り抜けるように、式場を出て行ってしまった。  結婚式早々に、新郎を殺害する新婦がいるだろうか?  ――計画されていた事だろうか?  組織的に……いや、彼女側の参列者にも、どうしてそのような行動を取ったのか理解できないようだ。茫然とする関係者たちを見れば分かる。 「君には、どうすることも出来ない」  ふと、式の前に義姉になるはずだったレディ・レックスにいわれた言葉。それが今、甦ってきた。
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