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ランタンの街の騒動が解決するのには、さらに数日かかった。
あの胡散臭いプライズ中尉がよこした制圧部隊以外に、外部からの応援が必要だったからだ。
ボクとアトは隙を見て逃げ出した。
「これ以上は魔法協会に関わりないことだ」
と、キミが言ったからだ。
確かにここから先はこの国の人の問題だろう。ただ、ラチナム鉱山についての正確な情報を、魔法協会本部に届けなければならない。
どうも、プライズ中尉は、ボクらをできるだけ街に留めたかったようだ。
それは、秘密裏のラチナム鉱山の事を、正式に国際社会に公表するのを遅らせるためだ、とアトはいった。それにより、この国の国際的にダメージを遅らせられる――かららしい。
結局、逃げるように列車に乗った。
帰りの便は夜行の三等客車だ。コンパートメントにアトとふたりでは、何か落ち着かない。
そして、ニュートンの駅に朝着く。
「ミックスさん。お待ちしていました」
と、ニュートンの駅のホームで、キミに声をかける人物がいた。
「ああ……どちら様で?」
「お忘れですか? どこかに行かれていたので、帰ってこられるのをお待ちしていました」
あのボクらが殺した男の部屋にいた、髭の立派な警察官だ。
アトの後ろにいたため、顔が見えず制服ではなく私服であったから、すぐに判らなかった。それに年季の入った書類カバンを持っている。
「ちょっとお話、よろしいですか?」
「申し訳ないが、僕は……」
と、キミは警察官を振り切ろうとする。
あのランタンの事件から、ボクもキミもあまり休憩を取っていない。疲れている。街の警官の相手をする気にはなれなかった。
「――空気銃」
その時、ボソリと呟くように警察官は発した。
と、キミの動きが止まった。
(どうして、そういうことにいちいち気にするんだ。今更――)
「駅のラウンジでなら、お話を聞きましょう」
と、逃げようとしたはずなのに、キミは急に態度を変えた。
『レディはいっていいよ』
ワザと言語を変えて、ボクを追い払った。
(この髭の警官は真相にたどり着いたのか?)
ボクは言われたとおり、ホテルのほうに向かった。警官も止めないので、行っていいのであろう。だが、ふたりがどんな話をするのか気になる。
ふたりの姿がラウンジに向かうと、気付かれないように後を追った。
※※※
キミは警察官を連れて、待合室へとやってきた。
一・二等席客者向けのほうは、高級そうな調度品がそろえられている。
目立たないようにするためか、ふたりは一番奥の向かい合う席に座った。赤いフカフカの椅子の背もたれは、後ろから誰が座っているのか解らないぐらいの高さがある。
ボクはといえば……彼らの後ろの席が丁度空いていた。そこに座ると、ラウンジの給仕がすぐに飛んできたので、怪しまれないように紅茶を注文した。
ふたりの話に耳をそばだてる。
「僕はコーヒーを……アナタはどうされますか?」
「同じものを……」
「では、コーヒーをふたつ」
「タバコを吸っても構いませんか?」
またボクに隠れてタバコを吸っている。匂いが嫌いだから止めてくれ、と頼んだのに――
「どうぞ……」
「それで、お話とはなんですか?」
「あの二階の部屋であった事件についてです」
「あっ、私服で来られているということは、これは非公式ですか?」
「ええ、この件から手を引くように、上から言われましてね」
「それでも、僕の前に現れたのは、捜査を続けていると……」
「小説の探偵の真似事ですがね。
調べたんですよ。凶器を……被疑者の額を貫通して、後頭部に抜けて部屋の壁にめり込んでいました」
「へぇ~……」
「弾丸を調べたのですが……ちょっと興味深いことがありまして……」
「どんな?」
興味があると示すのか、キミが身体を乗り出す音が聞こえた。
と、ラウンジの給仕が注文したコーヒーを運んできた。その給仕は帰りがけに、ボクの前にも紅茶を差し出す。
「冷めないうちにどうぞ。砂糖も使い放題です」
「で、何の話でしたっけ? ああ、弾丸を調べた……で、何が出てきたんですか?」
「正確には、出なかったんです。銃を発射すると残るそうですねぇ。火薬の燃えカスが……」
「そうなんですか。専門的なことは、僕には解りません」
「硝煙反応というのですが、それが出なかったんです」
「血液にでも、洗い流されましたか?」
「そう思いましたが、傷口にもありませんでした……
あれ? 先程、専門ではないと仰ったのに、硝煙反応が簡単に洗い流せるのは、ご存じなのですな」
(余分なことをいうなよ)
といいたいが、ボクはここに居ないこととなっている。
だが、キミはタバコを大きく吸うと、
「あなたと同じで、どこかの探偵小説で読んだことがあるだけですよ。続けてください」
「なるほど……。
もちろん、魔法と言うことも考えられる。二階の窓の外まで来て、何らかの方法で音をかき消したか。だが、マナニウムを使用した残存痕跡も、見つかりませんでした。
火薬も使っていない。ましてや魔法もとなると、一体どうしたら被疑者を殺せるか」
「難題ですね」
一呼吸置いて、タバコを吸う音が聞こえる。
「そうしたら、私は見つけたんですよ」
ガサガサとカバンを開ける音が聞こえた。あの書類カバンから何か取り出したようだ。
「通信販売の目録がどうかされましたか?」
「ヒントはこれにありました」
通信販売の目録。魔法協会が運営している中に、通信販売事業がある。
商品を注文すると、最寄りの鉄道駅まで配送してくれる。載っている商品は日用品から家具、趣味にいたる品と様々だった。その中では、護衛用や狩りなどで使う銃火器も扱っている。
自ら「下着から大砲まで何でもそろう」と広告を打っているぐらいだ。さすがに個人で大砲を購入とはいかないけれど。
そして、警官はその項目のページを開き、テーブルの上に置いたようだ。
「――空気銃。ハンティングの時に使うそうですな。加圧した空気を利用して、弾丸を発射できる小銃と。音も静かで……」
(そう。よく見つけた!)
それがあの男を殺した凶器だ。発射音も小さく撃てて、深夜でもあまり気にならない。だけれど、ひとつ見落としていることがある。
キミは、ボクの代わりにため息をついてくれた。
そして、違うとばかりに言う。
「申し訳ないが……。
空気銃も、音は出ますよ。無音なんてあり得ない。
ましてや、深夜の寝静まったときでは、なおさらだと思いますが……」
「はい。私も取り寄せて確認してみました。独特の音がします」
「そうでしょう」
「――でもですね。音がしても、気にならなければ誰も騒がないでしょう」
「と、言いますと?」
彼の問いに答えるように、警察官は立ち上がり、ある方角を指さしたようだ。
つられてミックス君は立ち上がる音がする。
(何があるというのか?)
見つからないように、そちらを見てみると……ホームが見える。そして、出発待ちの列車、特に蒸気を騰げる機関車が目に入った。
「機関車の音ですよ。今もこうしている間も、聞こえてくる」
と、警察官が言った時、ちょうど機関車の前方から白煙が勢いよく上がった。
ピストン内の余分な水分を、排出するための排水音だ。プシューッと甲高い音を上げて。
「甲高い音です。深夜でも街中に響き渡っている。そして、空気銃もそれによく似た音がする。
しかも、ドレン音は時刻表と照らし合わせてみれば、いつ鳴るか推測できる」
「犯人は空気銃を使って、そのドレン音を鳴る時間を時刻表で推測し、殺害にいたった。と……」
そして、椅子に座り直したようだ。
「あなた、警察官よりも、推理小説家にでもなられたらいかがですか?」
(そうだ。そうなんだよ。警察官の推理は、あっている)
あの下宿から駅までは、それほど離れてはいない。深夜だろうが、鉄道は走っている。
夜行列車を牽く蒸気機関車のドレン音に紛れて、ボクは空気銃を発射した。男の額を狙って。丁度、窓辺にあった物書き机に、深夜にランプを付けてくれた。向かいの建物の屋根にボクらは登り、アトの指示通りボクは空気銃で射殺したのだ。
(さて……ボクの出番か? どうする鉄道局情報部のアト=ミックス?)
殺せと言われれば、ボクは他の客にバレずに射止めることはできる。
「方法は解りました。それで、僕が殺した動機はなんですか?
その方法であれば、誰だってできるわけです。
それがハッキリしなければ、検事も逮捕状にサインはしないでしょ?」
ボクらがあの男を殺した理由……ボクは指示されただけだが、お喋りなキミが教えてくれた。
解析機関の研究。計算尺やソロバンを高性能にした装置の開発がそれだ。
人間の手作業よりも早く計算できて重宝できると思うのだが……どうも魔法協会の他の部署で問題が発生したそうだ。
正確な事は、話していたようだが、ボクには理解できなかった。だが、キメラに変わる兵器になりかねないということは、聞かされた。
そして、その装置の研究は世界のあちらこちらで行われている。たまたまこの国のその男が、開発において一歩先に出ていた。それにキミが秘密である『監視官』であることに気が付いた。だから、殺すことを決めた……そういう話だ。しかし、監視官である事を知っているからといって、いちいち殺していられないのではないか?
「ミックス様。お話中のところ失礼いたします」
と、ラウンジの給仕が現れた。
そして、紙切れをキミに渡したようだ。
「ありがとう……ウチの部はホント人使いが荒い……」
愚痴をこぼしながら、受け取った紙切れに目を落としたようだ。
どうやら、キミ宛の電報が届いたようだ。
「さて、話は終わりですか?」
キミはスッと立ち上がる。
それに、
「この会見は、あなたが制服を着ていない以上、非公式のはずです。しかも、ここは魔法協会の敷地内。つまり外国の領土です。僕を逮捕することはできない。
どんな動機があるか、証明してみてください」
そう言い切ると、警察官を残し去っていこうとする。
そして、去り際にボクの席にわざわざ寄った。
「いくよ、レディ。仕事だ」
ボクが後ろで聞いていた事は、キミにはバレていたようだ。
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