ランタン村の事件

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ランタン村の事件

「彼が殺された理由ですか? 僕にはよく解りません」  ボクらは……キミ、アト・ミックスは警察官の質問に答えた。  理由は解らない、と……。 (――ウソだ)  キミは……いや、()()()はウソをついている。  何せそこにあるものは、ボクらが殺したのだから――。  ここは小国の首都ニュートン。鉄道駅から伸びるレンガ敷きの大通りを進み、とある角を曲がったところ。学生や助教授などの大学関係者が下宿にしていることが多い通りだ。  そのひとつの下宿屋の二階。通りに面した窓の下、書き物机の上にうつ伏せになって倒れている。  それが、ボクらが殺した男だ。 (理由などどうでもいい……)  そんなこと、ボクには些細なことだ。  相手がどんな人物なのか、よく知らない……いや、ボクは知らないようにして生きてきた。  人を殺すのには不要だ。下手に知れば情が湧く。  ボクは子供の頃からそう言い聞かせられた。心にも、身体にも……。  ともかく……アトがこの街にやってきたのは、この男の研究内容を探ることらしい。最初に話を聞いたときは、殺すまでは聞いていなかった。しかし、予定が変わったようだ。 (理由は……まあどうでもいいか。ボクには興味がない)  昨晩の結果を確認するために、午前中に男の下宿にやってきた。  キミの計画だと……ボクらが午前中に大学に顔を出したところ、男が出勤してこない。  不審に思って下宿屋に顔を出したら、死体が見つかっていて騒いでいる最中であった。  そういう話であったが、少し変わったようだ。  ここの下宿屋の女主人は、男が朝、起きてこなかったことに気にしていなかった。  大学関係の人間だから、時間に不規則なのは日常だったのであろう。  結局、事情を話し、女主人と共に男の部屋へ入った。と、まあボクらは、予期せぬ第一発見者になってしまった。  ()()()()()()その女主人は、死体を見ると気を失ってしまった。  ボクが一階の居間の椅子に運んだが、そのうち目を覚ますだろう。  警察へは小間使いが知らせに行ってくれた。  そして、警官が駆けつけ、その後、いろいろと警察関係者が入ってきた。小一時間もしないうちに、ボクらは()()()()()として二階に呼ばれた。 「昨日の晩のことをお話し下さい」  この口髭が立派な警官が、この事件の責任者であろうか。 「恐らく昨晩、彼に会った最後の人物は僕でしょう」  と、アトはボクを警官から隠すように立ってくれている。  キミは、黒の服に浮かび上がる白い顔が、あきらかに一般人とは思えないだろう。  色白で切れ長の目、肩まである黒髪をざっくりと切りそろえている――バケツを被って、切り揃えているのではないのか。そんな容姿だから、一見するとキミは男か女か判らない――一応、断っておくと、男だ。  大体、制服だからといって、鉄道局の黒い詰め襟に黒の帽子、黒の外套(マント)の風貌だ。マントのほうはキミの趣味。その腰ぐらいまでの長さのマントだけ何枚か持っている。端に太めのストライプが入っていて、その色が五種類ぐらい……ボクには悪趣味に思えるが、キミは気に入っているから文句はいうまい。 「昨日の夜は僕と……彼女は、こちらの彼と酒場で飲んでいました。  時刻は……そうですねぇ。酒場で別れたのは、二十三時ぐらいだったでしょうか……」  アトは淡々と応じてくれる。ボクが口を挟む必要がないように――。  それはボクが言い訳(アリバイ作り)が苦手だからだ。前は()を済ませるとさっさと裏に下がるから、その辺は()の人間が片付けてくれていた。今はキミしかいない。 「本当ですか?」  警官がアトを飛びこえて、ボクに声をかけてきた。 「――あっ……」 「申し訳ない。彼女はこの国の言葉は判らないので……」  ボクをチラリと見ていった。 (それもウソだ。ふたりの話もよく解っている。面倒なことは嫌だ。だけど、それでいいのならボクはそれを突き通そう)  質問をした警官は納得したのか、 「そうですか……」  すぐに視線をアトへと切り替える。 「それで、彼はどうして亡くなったのですか?」  まだ運び出されていない死体をチラリとアトが見る。  男はまだ書き物机にうつ伏せになっていた。机の上は書類が散らかり、あふれた血でほとんどが真っ赤だ。そして、頭の後ろも……後頭部の髪の毛が血で染まっている。  ふと一階(下の方)で物音が聞こえているので、ボクはチラリと階段のほうを見る。と、白衣を着た数名のものが上がってくるのが見えた。担架を持っているのを見ると、死体の回収であろう。 「失礼しますよ。通してください」  思った通り、死体回収だった。  死体の肩を持ち上げると、死因は一目瞭然だろう。額が真っ赤に染まっていた。割れているというか、中から脳みそ(白いもの)まで見えている。即死なのは確かだ。 (我ながら上手くいったものだ)  気が付くと、口髭の警官が驚いているようだ。  ボクが何ごともないようにその死体を見ているのと……アトが男なのに、顔を背けていることだ。  ボクは死体に()()()()()が、そう言えば、キミは確か血が嫌いだった。 「――()()()が見るものじゃない」  ボーッとしているボクを、慌ててアトは死体との間に割り込んできた。  女性が見るものではない……というとよりもボクが死体に慣れていて、ビクリとも頬を動かさなかったこと。むしろ死体の状況に満足していることに微笑んだこと。それを口髭の警官に悟らせないためであろう。 「この人物は、頭を撃ち抜かれています。状況からして一発で即死でしょう。ただ……」  運ばれていく死体を見ながら、警官はボクらに説明する。  そして、死体のあった書き物机のほうへ行き、窓の外を見た。警官は血まみれの書き物机の上に血を避けて、手を突いた。 「――殺害方法です」 「どんな?」 「興味はありますか?」 「まあ……友人とまでいいませんが、知人が不慮な死を遂げたのですから……」  アトの顔を見ると、怪訝そうに顔を歪めた。チラリと机の上の血だまりを見ただけで。 (別に気持ち悪いものでもないだろう。自分の身体の中にも流れているし、ボクだって月に一度は出るんだ)  血だまりに怖がっているアトの様子を、警官は怪しんでいるようだ。  アトの定まらない目に、ボクも騙されたことがある。  中性的な顔で、落ち着きがなさそうに目を震わせるときもある。一見すると、状況に震えおののく一介の小役人。実際、()の身分は鉄道局情報部の人間だ。しかし、目を震わせているのは全体を把握し、その頭の中で状況を分析している。それに併せて、適当なことを口にして、自分の持って行きたい方向へ進めようとするのだ。  どうもキミの手法なのかもしれないが、たまに薄笑いするのは不気味さを感じる。 (どこかで注意したほうがいいかな――) 「死亡推定時刻は、深夜一時から四時の間。状況からして書き物机で手紙を書いていたようです」 「そうなると……顔は暗闇の窓を見ていたことになりますね」 「はい。窓も開いていました。弾の入ってきた角度からして、犯人は正面に立っていたことになります」 「二階の窓の外にですか?」  わざとらしくアトは驚いて見せている。  まあ、外には張り出しもなく立てる場所はない。  アトは窓の外を遠慮がちに覗いた。遠慮がち、というのは二種類の意味がある。知っているというのもあるが、キミは何ていったか……高いところが苦手だっていうこと。  目線をそのまま上げて見ても、馬車がすれ違えるだけの通りと左右に歩道があるので、一〇メートル以上はあるだろう。  反対側の建物は一階建て。丁度、屋根が見える。  その向こうは鉄道の線路だ。確か駅に近く、時たま汽笛など機関車の音が聞こえてくる。 「立てる場所なんてないでしょ?」  そういうアトの腰を、警官はチラリと見ていた。  ボクもその目線の先を追うと、マントがほぼ覆い被さっているが、キミの腰のところ。  マントの端から見え隠れしているものがある。一見、ランタンの底のような金属の円柱。 「魔法をお使いになる? でしたら、愚問でしょうか……」  見え隠れしていたのは、マナニウムを備蓄するダイリチウムという結晶体の器。赤黒いダイリチウムが少しだけ見え隠れしている。人それぞれに好きな形に加工や装飾をしているのだが、キミは円筒形のランタンのようなものに、ダイリチウムを保管していたはず。 「ええ、まあ……職業柄の護身用ですよ」 「そうですか――。  それより調べてみなければ判りませんが、魔法を使うとマナニウムの痕跡が残るとか」 「そうですね。マナニウムを使った現代魔法ですと……マナニウムの残留物がありますね」  アトはそう答える。  ボクは魔法のことはあまり得意ではない。原理もさわり程度で、よく解らない。  現代魔法は空気中にあるマナニウムというものを集めて、物理変化を起こすと聞いたが……難しい話は苦手だ。ボクのやり方は、この手で片付けるものである。  その警官はいう。 「でも考えてください。目の前に銃を持った者が現れたら? しかも真夜中にですよ?」 「ビックリして逃げるでしょ。たとえ知り合いだったとしても――」  と、アトは応えた。  確かにそうだろう。通りにはガス灯があるが、一晩中、灯っているわけではない。大抵、深夜一時には消される。そうなると星明かりが頼りだ。  警官がいっていた殺害時刻の深夜一時以降というと、当然、闇夜だ。 (まあ、書き物机で書き物をしていたおかげで、目印になったわけだが) 「そうなると小銃というわけです。壁に埋まった弾丸を回収すれば正確なことが判りますが、傷口の大きさからして小銃ということになるでしょう。でなければ、射程距離が足りない。  丁度、向かいの屋根に犯人が登り、この窓を狙えば十分に狙えるはずです。書き物机に座って手紙を書いていたのですから、当然ランプに明かりは灯っていたでしょう」  その通りだ。ボクらの殺害方法はまさにそれ。この警官はなかなか頭が回るようだ。  だけれど、アトが反論をする。 「ちょっと待ってください。深夜に小銃を撃ったのですか!? いくら何でも銃声は誰かが聞いているでしょ?」 「そうでしょうね」 「だとしたら、こんな日が高くなる前に遺体は見つかったんじゃないですか? 銃声が聞こえたすぐとか――」 「確かに、そうですね」  警官が歯がゆい顔をする。  深夜で、しかもこんな街中で小銃を使えば、銃声は響くはずだ。それは……。 「――だとしたら、僕らを足止めしていく理由はないわけですね」  と、アトはボクの手を掴んで部屋を出ようとした。 (ボクらは足止めされていたのか? てっきりキミが、警官の(推理)に付き合っていたと思ったが。だとしたら、とっととホテルへ帰ってベッドで寝たい。昨日は夜遅かったのだから――)  しかし、口髭の警官は声を上げる。 「理由はあります!」 「――というと?」  声を上げる警官に興味を示したのか、キミは冷やかしているのか一瞬、微笑んだのが判った。  警官は懐から折りたたまれた紙を取り出した。手紙のようだ。 「被害者が昨晩、書いていた手紙です。撃たれたときの拍子に床に落ちたと思われます。  手紙にはこう書いてある。自分が死んだらアトを調べろ、と……」  そういって手紙の表をキミに見せた。 「へぇー……」  キミが間の抜けた返事をする。そして、ジッと警官が持つその手紙を見つめた。  ボッ――  数秒だっただろうか。突然、光が見えた。あの手紙の真ん中。その途端、手紙が火を上げて一瞬で灰になってしまった。 「なッ、何をするんだ!?」  当然、警察官は怒る。  キミが使ったのは、()系の魔法だろうか。  マナニウムを使う現代魔法は、旧式の系統では地・水・風・火としていた。だが、今は魔法技術の発展により、新四大元素として核・電気・重力・磁力に分けられているそうだ。その内、熱を司る『核』の魔法を今使ったのだ。  腰のランタン型のダイリチウムからマナニウムを、その紙に集中させた。熱を発生させて、手紙を燃え上がらせた。だが、人ごとのようにキミはいう。 「手紙に書かれた人物が現れて、あなたの推測を披露する。そして、僕が『やりました』というのを期待していましたか? 先程披露した推測は、なかなかスジが通っていますが、そんな紙切れ一枚で僕が捕まえられるとでも? まあ、灰になってしまっていますが……」 「ハハハハハっ!」  ボクは腹を抱えて笑ってしまった。 (――全く、キミは大胆なことをするものだ) 「立派な証拠隠滅だ。職務執行妨害でもあなたを……」  今まであまり感情を表さなかった警官が声を上げる。だが、キミはすました顔でこういった。 「残念だが、治外法権を発動させてもらう。  僕も彼女もこの国の人間じゃない。裁判所の正式な書類を求めます。  まあ、灰になった手紙があったとしても、僕には逮捕状どころか、簡単な令状も出ないでしょう。あなたの披露した推測の穴……そう、深夜の銃声をなんとかしない限りはね」  そう言い切ると、キミはボクの手を引いて下宿屋から出た。 「いいのか、あれで?」  ボクは下宿屋を出ると、すぐにあの警官がいる部屋の窓、殺人のあった部屋の窓を見上げた。  最後にあんな手紙を出してきた時は、ドキドキした。 (もしもの時は……) 「ダメだよ」  ギュッとキミがボクの手を握る。何を考えていたのか、見透かされていたようだ。 (警官を殺すのはマズいのか……)  邪魔をするやつは殺せばいい。  そう教わってきた。だが、アトといることになって、分別なるものがあることを教わった。  誰を殺していいのか、誰を殺してはいけないか。まだよく解らないので、その辺はアトに聞くことにしている。  自分で悩むよりは楽だ。今は……そういうことをボクはキミに任せている。  そのままボクはキミに手を引かれて、通りを歩き出した。
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