ランタン村の事件

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 僕、アト=ミックスは、彼女の褐色の手を離した。ニュートン駅前でのことだ。 (本日は抵抗、無しッと……)  この国際鉄道の駅は、僕の所属するミステリウス錬金学魔法士協会が、この国の政府の依頼を受けて建築した。まあ少々、強引な政治的駆け引きがあったとか。  僕が関知することではないけどね。 「疲れた……」  僕のレディはそういって、背伸びをした。  彼女の褐色の肌は僕と違って、滑らかであり健康的だ。 (僕はそれに惹かれてしまったのか?)  マントから、そのすらりとした腕が伸び、隠していた身体がチラチラ見える。筋肉はできるだけ付けないようにしていたそうだが、その魅力的な曲線に惚れたんだろう。しかも、身長は僕と同じぐらいなので、一般的な女性としては高身長、オマケに美人と来たものだ――血筋がいいのもあるのかもしれない。  それに灰色の髪……前は、確か金色で髪を長く伸ばしていた。伸ばしていた理由は、変装のため。戦闘時に邪魔になるからと、三つ編みにしていたのを覚えている。あることで、色が抜けたのは仕方がないが……今は、バッサリ切っている。  彼女と顔を合わせて判ると思うが、金色の瞳は忘れないであろう。  そんな色の瞳の人は、今のところレディぐらいだ。  この瞳の秘密は、髪の色が抜けたことと重なるので、改めてすることとして―― 「今日は朝から、警察なんか対応するとは思わなかった」 (警官の対応をしたのは僕なんだがなぁ……)  と、文句をいいたいが、彼女に言わせれば、「それは表側の人の仕事だ」と僕に押し付けるに決まっている。それで面倒だからと、あそこで暴れられては困る。  そうなると、ますますもみ消すのは大変だ。  彼女の今までは、それで片付いたかもしれない。だが、今は魔法協会の一員となった以上、力の行使は、慎重になってもらわなくてはならない。 「ボクはホテルで寝るけど、キミはどうするの?」  後ろを向いたまま、レディが聞いてくる。 「まだお仕事――」 「それはご苦労様。でも、ここで終われば――」  レディの短い銀色の髪が揺れた気がした。  振りかえったと思ったが、右手には短刀(ナイフ)を持ち、振り下ろしてくる。彼女の金色の(特別な)瞳よりも、金属が煌めいているのが目に入った。  予期しないこと……いやいや、僕らは特別な決め事をしているから別に驚きはしない。  それに―― 「はい。今日の分は終了」 「チッ、今日こそキミの息の根を止められると――」  力任せに振り下ろされるナイフは、空中で止まっていた。刃の部分が水面の波紋のように揺らめいている。 (僕の隙を突こうとするのはいいけど、人の前ではちょっと困る)  それよりも右腕のナイフは囮だ。左下からトゲ付きの手甲(ナツクル)が、僕の腹部目がけて繰り出されていた。だが、こちらも空中で止まっていた。  僕はとっさに重力を操る魔法を展開した。それにより障壁を短時間に発生させ、彼女の攻撃を防いだのだ。しかし、あのマントにどんな武器を隠しているか?  マントの間から、ピッチリとした革製のボディスーツで、被われていた滑らかな曲線が見え隠れしている。 (革スーツの下の肢体は興味深いけど……)  右手側のナイフが使えないと分かると、素早く手を離した。そして、身体をくねらせて、踵落としを入れてきた。しかも、ブーツの踵には、刃まで付いている。 「お終いです」 「チッ!」  結局、踵落としも、僕の重力の障壁を貫けなかった。 「残念ですが、今日の分はここまで!」 「うるさい!」  それがたいそう不満のようで、駅前の広場にあぐらをかいて座ってしまった。だけど、ここは鉄道駅の真っ正面だ。人通りも多い。そんなところで、男女が……僕が一方的に、彼女に襲われているように見られるのは、非常にマズいのではないか。一瞬のことだったかもしれないが、まだ解除していない重力の障壁に、彼女のナイフとナックルが空中に浮いたままだ。  異様さに気付かない人はいないであろう。 「気にしないで、いつものことですから……」  人の目を引くのはマズい。ましてや、レディの皮膚の色はかなり目立つ。 「はい、立って――」  レディの脇に手を入れて立ち上がらせようとした。が、不貞腐れているのか、動こうとしない。仕方がないので、抱きかかえようとした。  僕とレディは身長は変わらないが、筋肉量は彼女のほうが上だ。あきらかに(おも)……いや、僕は男だ。彼女ぐらい持ち上げられなくてどうする! と、魔法を使ってと――  ニュートン駅のコンコースに逃げ込むと、ようやく彼女は自分の足で大理石の床を踏みしめる。 「ボクは一体いつになったら、キミを殺せるのだろうか……」  嘆いているようにも見えるが、彼女のいっていることは、人殺しだ。  まあ彼女と取り決めをした。一風変わった契約だ。  自由になりたかったら、このアト=ミックスを殺すこと。隙があれば、いつでも掛かってこい。ただし、一日一回が限定。  彼女には自由が、僕には()()()パートナーとしてのレディが必要であった。  僕のレディはこれまで何度となく、仕留めようとしてきている。だが、ことごとく防がせてもらった。最初の頃なんて、毎日のように襲ってきた。僕を疲れさせ、魔法の源であるマナニウムを消費させて、隙を作ろうとしていた。  体力はレディのほうが確実に上だ。  ひ弱な魔法士。  最初の僕への評価であろう。マナニウムの扱い方が、長けているだけの男。少々見くびられたかもしれない。マナニウムは空気中に一定量存在するし、消費した分はダイリチウムに備蓄され続ける。「兵糧攻めは無意味である」と、種明かしをすると、かなり不満を漏らした  そもそも本気で殺す気なら、銃殺や毒殺なりに切り換えればいい気もする。しかし、それは何というか……彼女の暗殺者(裏の者)としての美学に反しているらしい。だから、懲りずに、殴る、蹴る、刺す。ほぼ僕の苦手な格闘で襲ってくる。  この契約を決めてから、数ヶ月は経つと思うが、律儀に守って、襲ってきたのは最初の一ヶ月ほど。その後は思い出したように襲ってくるが、今のところ怪我ひとつもらっていない。 「キミはまだ仕事だったか……魔法協会は人使いが荒いなぁ……」  そう愚痴りながら、レディはひとりで駅に併設された宿泊施設(ホテル)に向かった。 (キミも一応、その魔法協会の一員なんだけどね)  と、僕は口にしたかったが出さなかった。  ※※※  彼女の背中が消えると、もうひとつ併設されたラウンジへと向かう。  空いている席に座ると、手際よく給仕が注文を取りに来る。 「コーヒーと、今月号の通販(カタログ)本をお願いします」  ミステリウス錬金学魔法士協会は、国際鉄道を敷設して駅を作るだけではなく色々な事業をしている。そのひとつは、鉄道路線を使った通信販売だ。  扱っているものは、日用品から各地の高級食器、時計や農機具、護身用の武器、狩り用の小銃(ライフル銃)まで何でもござれだ。さすがに日持ちのしない食料品まではないけど。  そうこうしている内に、給仕がコーヒーとカタログ本を運んできてくれた。  コーヒーにはたっぷりのミルク、砂糖を三杯。懐からタバコを取り出し口にくわえながら、カタログを後ろからペラペラめくった。 (あったけど、今日は難しくないように……)  見つけたのはクロスワードパズルだ。  カタログ購入者の暇つぶしと、答えを応募すると抽選でプレゼントがある、と記載されている。そのページには他に、前回のプレゼントが当たった者の氏名が並んでいた。  僕は指先に熱を集めると、それをくわえたタバコに移動させて火を付けた。  レディがタバコの匂いが嫌いなので、彼女の前では吸えない。控えてはいるが、イラつくとちょっと吸う本数が増える。  精神安定にも丁度いい。  それはそうと、何故、僕がクロスワードパズルに挑戦しなくてはならないのか。それは、これを利用した暗号が毎度、本部から届くからだ。  コーヒーを二杯飲み干し、おかわりをした。それにタバコを数本消費して、クロスワードの解答にたどり着く。それだけで本部からの暗号が解けたら、楽なことはない。  ここからは問題だ。  注目すべきなのは、プレゼントの当たった人物の氏名。  どういう仕組みか、正確に説明すると長くなるが……クロスワードの答えと混ぜ合わせることによって、四文字のキーワードが出てくる。  僕のランタン型のダイリチウム容器をテーブルに置く。銀の円筒形状の中に、拳を二個ほど並べた大きさの結晶体がダイリチウムだ。  ドス黒い赤色をしているのは、ほぼ満タンの証し――反対に澄みきった青色になれば空だ。マナニウムは空気中に含まれているが、気候や地理的位置などなどで、その濃度が変わっている。強力な魔法を使うときは、大量に必要だが、それがすべて現在の空気中にあるとは限らない。マナニウムを蓄積して、いざというときに使えてこそ魔法が万能であり最強だ。  そのために人は、マナニウムを備蓄して安定供給できる物質を探していた。  発見したのはこのダイリチウム。  最初に見つけたときは、金鉱脈に紛れていた大変貴重な物質だ。その昔は同じ重さの金の二倍ぐらいで取り引きされていたぐらいだ。  ――ということは、僕の持っているダイリチウムは、とんでもない価値がある。だけど、最近は――とはいっても、僕の産まれる遥か前であるが――魔法協会があるところで、ダイリチウムの大鉱脈を発見した。そのために価格が下落。今の価値は、最盛期のまあ四割がいいところであろうか。  話はそれたが、次に出した――色々ものを出し入れしているが、背中に特製のカバンがある――のは、占いでもやりそうな水晶玉だ。  コーヒーカップのソーサーを拝借し、転がらないように布を牽き、その上に水晶玉を置いた。  あとは……ちょっとした魔法器具を作動させるだけだ。  カフェで隣にどんな人物が座っているか、分からない。ましてや僕のような職業にとっては、話の内容を聞かれてはマズいこともある。  そんな時に使える便利アイテムだ。その機能が僕のランタンには付いている。  簡単にいえば、周りから気取られないもの。装置の周りに別空間を作り出す。これにより、たとえ隣の席だろうが、話の内容は全く聞き取れない、といった具合だ。  欠点といえば、反対に周りの情報がとれないということもあるが―― 「さてと……」  装置の説明はこのぐらいにしよう。  ランタンの土台には鍵穴のようなものがあり、そこに専用のカギを挿して回すと発動する。カギはゼンマイのおもちゃを回すようなものだ。  装置を起動させる。  次は水晶玉。マナニウムを消費して、遠くとのやり取りする通信装置だ。空気中のマナニウムでは足りず、ダイリチウムで備蓄しておかないと通信が不安定になるが―― 「これであってるかな?」  指先にマナニウムを集中させ、水晶の上でクロスワードで出したキーワードをなぞった。  そうすると、水晶玉の中で青白く点滅が始まる。が、十回ほど点滅を繰り替えして反応がなくなった。  ※※※ (――繋がらない?)  相手がいるのだから、一方的にこちらから通信を確立させようとしても、向こう側にも都合があるというものだ。  そう思い、冷めかけた三杯目のコーヒーに口を付けたときだった。  今度は赤く点滅しはじめた。付かさず僕は手をかざす。 『お待たせした。昼食中だったもので……』  相手は声から察するに()()()()()であろう。  水晶の中にさすがに姿は見えない。何せ鉄道と同時に牽いた電信の回線に無理矢理、電気の魔法で割り込んで通信を行っているそうだ。なので、音声のみの通信だが、通信用の水晶玉がなければ盗聴される心配がない。 「昼食中……もうそんな時間ですか。参りましたよ、朝から警察に捕まってしまって」 『ああ、例の大学助教授の件だな』 「そのために朝飯も食べ損なって、お腹ペコペコ――どうだろうレディは何か食べたかな?」 『自業自得ではないのか? 第一、危険人物であると報告をしてきたのは君だ』 「ええ、彼は解析機関の原理も分かっていました。実際に建造もはじめています。これを生物兵器(キメラ)の技術と結びつければ、性能の著しい飛躍に気が付くのは時間の問題かと――」  そう『解析機関』だ。  人間が計算することを何倍もの速さで処理できる装置が、着実に進んでいる。あれを使えば、数々の分野で素晴らしい成果を上げるだろう。  だが、厄介なのはキメラ技術が、それに合わされば――。 『確かに、解析機関の開発は慎重に行うべきだ。だが、止めては行けない事だ。彼は有効なこちらの駒になったと思うが……』 「僕の正体を知った。それが排除の一番の理由にはなりませんか?」 『――酒の場のギャンブルで、イカサマしていたことか?』 「それとは別です。()()()であることを気づきはじめていました」 『しかし、惜しい人物を殺したものだ。生かしておけば、彼の能力であれば魔法協会に貢献できたものを――』 「しかし、彼は僕の秘密を知ってしまった――」 『秘密ねぇ……君が酒の場でトランプにイカサマしたことではないのかね?』 「それとこれとは別です。それに友人だったのですよ、彼は!」 『君が友人という言葉を知っているとは、驚きだ。  真っ先に「始末しろ」と申し入れしてきたのは、君だろ?』 「僕は研究内容には関心ありませんが、監視官であることに気が付いてしまったのです」 『友人なら、勧誘を進めるべきではないのかね? 彼女のように――』 「彼女?」 『お気に入りの人形のことだよ』 「と、とう……レディをそのようにいうとは!? 僕の恋人ですよ、彼女は!」 『そうかね? 君の一方的だろ――。  それに協会は彼女を使って、実験をしている。それを君は承知している』 「それは――」 『まあ、言い合いはよそう。それよりも、新しい任務だ』 「彼女に対しての発言は忘れませんよ――。  はい、では改めて聞きましょう」 『現在の『解析機関のこと(仕事)』は一時中断して、監視官の本分であるキメラについて捜査してもらいたい』  僕の鉄道局情報部の身分は、秘匿行動するための便宜上の身分だ。  本業は錬金生物拡散防止協定監察官。長いので通称、監視官と呼ばれている。  任務は先程から、チラチラ出ている『生物兵器(キメラ)技術』に関する監視及び処罰の執行。  キメラというものについて。少し長くなるが付き合ってほしい――。  その昔、人間は錬金術を用いて、生命の根本を解き明かしていこうとした。  その過程で人工生命体(ホムンクルス)合成生命体(キマイラ)、さらには人体の組織の研究も行われた。  そこで、あることに気が付いた人がいた。 「これを兵器として使えないか?」と――。  各国は競うように兵器として、ホムンクルスやキマイラを造りだし、人を改造することに躍起になった。それらを『錬金生物(キメラ)』と称するようになっていく。  そして、ある悲劇が起きた。  それは、今に思えば、ちょっとした国境でのいざこざ……それでも、戦渦の火種には十分な事件だった。  二国間の戦渦は、その隣国、さらに同盟国へと、瞬く間に広がっていく――。  ついには、当時の強国同士が、保てる軍事力をぶつけ合う大戦へと、進んでしまった。  その中でキメラが、次々と戦場に投入されていった。  そこで、人々は自分たちが造りだしたものの恐ろしさをようやく知ることとなったわけだ。  戦争により、歯止めのなくなった開発競争は、キメラを怪物へと変えたのだ。  キメラは魔法学の応用で火や雷を放ち、その皮膚は工学の応用で弾丸をも(はじ)くまでになっていたのである。ついには、キメラが人のコントロールを離れ、敵味方見境なく、襲い掛かった。  まさに暴走。キメラを止めなければ、世界が旧世代へ逆戻りしてしまう。  各国は戦争を止め、暴走したキメラの鎮圧に務めなければならなくなってしまった。皮肉にも大戦を終結させたのは、兵器として投入されたキメラのおかげだったわけだ。  その時は、鎮圧に成功したが、次に起きたとき、どうなるのか?  そこで各国は、この戦争の教訓から、生物兵器の開発の制限、及び戦地での使用中止を名目にした『錬金生物拡散防止協定』、通称キメラ協定と呼ばれる協定を締結した。だが……そう、表向き、各国はキメラ協定の元、キメラの開発や保有は制限している……はず。しかし、未だ未だ、一個人から国レベルまでもが、密かにキメラを開発、保有しているという噂が絶えないのが現状。不法な武装集団や犯罪組織も密かに保有しているという。  街や村を襲う()()()したキメラが、未だに現れる。  誰かが作り続けていない限り……結ばれたキメラ協定が守られているのであれば、そんなものが現れるはずがないのであるから――。 「――相変わらず、人使いが荒いこと」 『君のような優秀な監察官が近くにいたからだよ』 「それで、僕にどうしろと?」 『カタログの芸能特集を見たか?』  手元にあるカタログを見ろという。先程は本部との通信用に、クロスワードパズルのページしか見ていない。  ペラペラとページをめくり該当の箇所を探した。  珍しい写真付きの記事。美人の部類に入るであろう女性が、どこかの古代建築物の前に座り、微笑んでいる。手元にあるのはリュートだろうか? 「これですか? 売り出し中の吟遊詩人(弾き語り)の――」 『そう、なかなか美人だ。歌声も素晴らしかった』 「この人物が何か……何かキメラ協定に関することにでも?」 『その人物は特に問題はない。だが、それを映した場所で問題があった』 「場所ですか……どこかの石造りの廃墟(古代遺産)のようですが――」 『撮影が行われたのは一ヶ月ほど前。今いる場所から国内線に乗り換えて、一日半ほどで着く』 「その撮影中にキメラが現れたと?」 『なかなか察しがいいな。その通りだ。  未処理のフィルムだけ、先にこちらに送られて来たのだが、撮影隊もその吟遊詩人の女性も帰ってきていない』 「人捜しもですか? まあ、仕事の範疇としておきましょう。  で、現像されたフィルムにマズいものが……キメラが写っていたと?」 『その通りだ。さすがは優秀な監視官を部下に持つと、仕事が速くすみそうだ』  そういうと、僕の上司は水晶の中で息を整えて改めていう。 『監視官アトルシャン・デイヴィッド=クロケット・ミックス並びに、監視官補佐レディ・レックスに改めて、通達する。  この地域で発生しているキメラ協定違反の捜査を行うこと。捜査等に関しては対キメラ法の下に行うように――』  対キメラ法――それは通称名。正式には『錬金生物協定監視法』という。  キメラ協定の監視及び処罰を取り決めた、単純かつ効果的な法だ。  僕ら『監視官』はそれで活動している。もっとも、法の内容を読むと、頭を抱えたくなるだろう。第一条からして『監視官』には強力な権限が与えられている。  第一条、『監視官はあらゆる捜査に、独自の判断で介入することができる』だ。  これがキメラ法とセットで調停される。だが、「これが飲めないということは、貴国には一物あるのか」と、とある大国同士で迫ったとかなんとか――。 『写真の現物と列車のチケットが二枚、駅宿(ステーシヨンホテル)のフロントに君宛で届けてある。  予定では今日中に着くだろう。受け取って内容を確認し、監視官の仕事を進めてくれ』 「――了解しました」  僕は静かに返事をした。だが、ひとついい忘れたことがあった。 「ところで……父さん。僕らの結婚式のことについて――」 『ああ、アト。この通信は記録されている。プライベートの話は無しだ。それにマナニウムが切れる――』  ふと横のダイリチウムを見ると、マナニウムがほぼ空を示す透き通った青色になろうとしていた。  盗聴防止の装置と、水晶の通信機を同時に動かしていたのだ。  マナニウムが枯渇するのは仕方がないことかもしれない。だけど…… (――一方的に切ったか?)  目を離している内に、通信が切られた。  僕には上司である()()が、バツの悪い話になったところを見計らったように思えてならない。 (――さて仕事だ。レディが満足できるかな?)  僕はふとそんな事を思いつつ、盗聴防止の装置を切った。      
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