ランタン村の事件

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 一年ほど前にボクは、アト=ミックスによって、レディ=レックスと名付けられた。  今は、その彼がホームに降りてくるのを待っている。あまり目立つ行動はしたくない。太めの柱の横に置かれたベンチの片側に座って。  アトがボクの部屋に起こしにきたのは、コンコースで別れてから、二時間ほど後だろうか。その間、仮眠ができた。まあ体力が回復できたとは思えない。  訓練で何日も寝ないで行動をすることはあった。が、その後は数日の休暇を貰えた。  趣味的なものはない。  姉が筒に布を張り、針と糸で絵を描く刺繍を趣味としていたが、ボクにはなかった。  強いていえば、格闘訓練。自分の身体を鍛えることぐらいだろう。  休暇なんて、できるだけ体力の回復に努めたし、睡眠をとり続けたぐらいだ。  その休息を邪魔してきた。 「急遽、仕事が入ったから、これから移動だ!」  と、起こしに来てホームで集合することとなった。それぞれの部屋に分かれて、荷物をまとめて。  ボクの場合、潜伏期間が長かろうが、いつも一分もかけずに部屋を引き払うことを心がけている。そのため、荷物はひとつ背嚢にしている。が、キミは何故がそんなに物が多いのだろうか。たった一ヶ月ほどの任務だというのに。  キミがトランクに詰めるのをもたついている間に、ボクはのんびりとホームで待つことにした。  ここは魔法協会が建設した国際鉄道の駅。国際路線は協会が作りながら、その国の技術者に基礎だけは教える。国内路線は、自国で努力してください。というのが、魔法協会のやり方だ。  北半球にあるアスクリス大陸は、そのように国家の主要都市を繋ぎ、ネットワークを形成している。今はその触手は、南半球のダエダリア大陸へ伸びようとしていた。  触手は言い過ぎかもしれない。動脈といったほうがいいか……。  そこから伸びるその国独自の国内線は毛細血管だ。  列車はその血管を走る血液で、心臓に当たるのが、魔法協会の本部がある都市国家ミステリウス。世界中の物資や情報が集まり、また分配される。  ボクの生まれた国は、巨大な海路に、フタをするような位置の島を領土としていた。海峡を封鎖しない代わりに、領土の安全を近隣諸国から確保していた。  それがボクの国のやり方だった。  そこに、大量の陸上輸送能力を持つ、協会の鉄道が切り込んできた。  ボクの国の防衛基盤を揺るがしかねない。  事態を恐れ、一時は協会と対立関係でもあった。今は共存の道に進もうとしているようだが、どうなることやら――。 (血のニオイが微かにする――)  大好きな……ああ、アトに「自粛」と、言われているが、腕がうずいて仕方がない。  大体、ボクからそれを取ったら何も残らない気がして……寒気がした。身体が震える。そんな感情はこの一年ほどだ。 (これを恐怖というものか……)  味方から殺されるようなことは覚悟してきた。  自分がしてきたことだが、「不要」と判断されたら、あっさりと命を絶たれてしまう。だから、恐怖という感情は持ち合わせていなかった。  平和だの、安定だのというものを含め、自分の人生は力によって、もぎ取るものだと教えられたからだ。しかし、暗殺術やらが不要な調停などで片付けられたら、ボクの二十数年間は一体何だったのだろう。 (否定されるのが……怖い?)  怖いって何だ。  アトと行動を共にするようになってから、少しキミに感化されたのかもしれない。  最近、ふとそんなことを思ってしまうことがある。自分になかった恐怖を――。 「レディは先に来たはずだけど――」  キミの声でボクはハッとした。  慌ててボクは、マントに付いているフードで頭を隠す。  思えばこの古びた灰色のマントは、何年も前からボクを包んでくれていた。自分の持ち物で一番古いのは、このマントだけだ。  身体もそうだけれど、顔も……。 「レディ?」  君の声が聞こえる。だけれど、ボクは返事をしなかった。  自分の国の仲間(束縛)から切り離してくれた張本人だ。魔法協会に入ってからキミしか頼れるものがいない。ボクを理解できそうなのは、キミぐらいだろう。だが、ボクの本能が「用心しろ」といつもささやいている。  気を許してはいけないと――。 「――遅い」 「どうしたの? 膝なんか抱えて?」  ボクは気が付いたら、そんな惨めな格好をしていたようだ。外見では、マントで見えないはずだが、足が床に着いていなかったのが分かったのか。 「何でもない。ところで遅すぎる」 「荷物が多くてね……」  と、ヘラヘラしている。アトの後ろには、赤帽(ポーター)が大きなトランクをふたつ手にしていた。 (こいつをホントに信用していいだろうか――)  人を使わずに自分の荷物ぐらい運べ。頼りない軟弱ものだ。 「列車は……これか? ではいくよ」  ※※※  こうしてボクらは国内を走る列車に揺られている。 「車両が古い」  と、アトは継ぎ接ぎされた座席に愚痴をこぼしているが、仕方がない事だと思う。  何せ、まともに鉄道車両を作れるのは、鉄道を牽いている魔法協会か、かなりの金のある国ぐらいだ。大体は、協会や他国の中古車両を買い取っている。機関車であればなおさらだ。ホームで待っているときに見たが、ボクより確実に歳を取っているように見える。 「で、今回の仕事なんだけど」  愚痴を言いながらも、コンパートメントを取ったようだ。協会には珍しい。監視官の待遇はそれほどいいものではない。特別な条件が揃わない限り、経費が出るのは基本は二等車までだ。  コンパートメントなど……古びているが一等車に久しぶりに乗った気がする。  それはそうと、アトは懐から数枚の紙を出してきた。  写真というものだ。白黒だけれど風景や人物が、切り取られたように紙の上に写し出されている。前にキミに「一緒に撮ろう」と誘われたが、ボクはあまり顔をばら撒きたくない。だから、お断りした。 「誰だい、この女性は……」 「協会が売り出し中の吟遊詩人(弾き語り)だった人」  リュートを持った女性が座っている写真だった。  写真の構図は、その女性が右の下よりにおり、背景には崩れかけた石造りの遺跡。左のほうに向くと、空が広がっているが……左上の片隅に妙なものが写っていた。  何であろうか。動物の翼にしては、遺跡の対比からして大きすぎる。 「気が付いた?」 「この左上のものは――」 「その次の写真を見てみて」  言われたとおり、もう一枚を見た。すると被写体が、女性からその左側に移ったものに移動したらしい。 「チッ……こんなものがまだあるのか――」 「知っているとは驚いたよ」  錬金生物、キメラの話はこの世界の人間が知らないはずがなかった。  戦争の遺産。暴走した錬金生物。その昔、人間は神の真似事をして、生命を弄くってそれを兵器として戦争に投入した。錬金生物は期待以上の働きをする。しかし、造り出したものは暴走した。  それを何とか食い止めて、今がある。  過去の教訓から、錬金生物拡散防止協定(キメラ協定)を結んだ。だが、キメラ(その力)の魅力に取り付かれた者は後を絶たず、頻発する暴走キメラの対抗処置として、『錬金生物協定監視法』、通称対キメラ法が作られる事となった。  各国は組織を一から作ることを嫌い、監視任務は、ミステリウス錬金学魔法士協会に一任するという形で丸投げにしたのだ。  その『監視官』と呼ばれる実行部隊のひとりが、目の前にいるアト=ミックス。それにボクは監視官補佐という身分をもらっている。 「戦略型錬金生物……ドラゴンだったか。ボクは絵でしか見たことがない」  錬金生物キメラには、大まかに分けると二種類、『戦術型』と『戦略型』に分けられる。前者は比較的小型で、戦術の名の通り戦場での使用を目的としたものだ。大概が動物を大型化した、と思って構わないであろう。容姿はそんなものばかりだ。  最悪なのは後者だ。戦略型キメラは名が表すとおり、戦略、都市や生活基盤を破壊するのが目的となっている。しかも、恐怖を与えるとかで、おとぎ話で出てきそうな『ドラゴン』を模している。  巨大な胴体に、ワニのような顔つき、コウモリのような翼、ワシのようなかぎ爪、蛇のような長い尾――。 「僕は死体は見たが、動いているものは初めてだ」  今の任務、別の部署がやらかした『解析機関』なるものの捜査よりは、面白いかもしれない。  キメラを扱っているのは、大概は武装集団だ。 (――最近、動きが鈍った気がする)  アトに付いてきて、裏の仕事ほど身体を動かしていない。鈍るのはイヤだ。  そこに来てこの任務。 (実に面白そうではないか――) 「戦略型錬金生物(ドラゴン)がどれほどの戦力か分からないが、こんなものがのさばっているなんて、ダエダリア大陸(南半球)の連中はどうかしている」 「そんなに強いのか……」 「この写真から推測して、全長三〇メートルはある。そんなのと対峙する事になりかねない。まあ燃費も悪いから、起動する前に確保してしまいたいところだけど――」  実際のところ、キメラもマナニウム頼りだ。  生命を超える力を持たせるため、マナニウムをエネルギー源とするパーツが各所に使われている。起動し続ける……ボクの金色の義眼()のように人体を補うような小型のパーツなら、空気中のマナニウムで十分だ。だが、大きくなればなるほど、消費量は上がってくる。専門家ではないので、正確なことはいえないが、体積に対して二乗は多く消費するだろう。  なので、休眠させる。  ボクも何度か見たし、任務に使ったことがあるが……大型のキメラは別の場所から必要に応じて、転送し起動させるのが現在の使い方だ。  人型サイズならいざ知らず、戦術型と呼ばれる一〇メートル以上のものでは、保って数日。それ以上のものになれば、どれだけマナニウムが必要か―― 「厄介なのは、こんなのを操れる魔法士がいることだ」 「その辺はキミの担当だろ。そこらの魔法士ごときに負けるキミとは――」 「嬉しいことを言ってくれるが、それまでに回復するかな?」  と、自分のランタン型のダイリチウムを見せた。  ほぼ空だ。青く透き通っている。 「着く頃に回復するかなぁ――」  ボクが仮眠している間に、大量にマナニウムを消費することがあったようだ。恐らく、本部との遠距離通信でもしていたのだろう。しかし、大事なことに気付かなかった。 「――しまった」 「何を?」 「通信した後は、マナニウム切れ(腑抜け)になることを忘れていた――」 「――残念。今日の回数は使った後だ」  そうだ。こいつから逃げ出すことのできる「アトを殺す」ということを契約。一日一回を、今のために取っておけばよかった。  マナニウムが無ければ、あの厄介な重力魔法の防壁がないというのに――  
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