ランタン村の事件

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 偶然というものは不思議なこと。  向かった目的の街はランタンというらしい。  僕、アト=ミックスとレディ=レックスを乗せた列車は、山岳地帯へとノロノロと登っていった。キメラ――戦略型キメラの写真が撮られた場所から、そのランタンが山奥と推測できた。 「着いたんじゃないか」  レディに起こされた。少しウトウトとしていたようだ。  車窓を見ると、ホームに列車はすでに停車していた。  どれぐらい列車に揺られていただろうか? 恐らく一晩は過ぎているような気がする。車窓越しではあるが、日が昇りはじめているのが見えた。 「――ありがとう」  珍しいこともある。すでに契約の一日は過ぎているが、レディは襲ってこないようだ。  チラリと僕のダイリチウムを見ると赤く染まっている。かなりマナニウムが蓄積されているようだ。それもあってだろうか?  ともかく、僕はドアを開けて、赤帽(ポーター)を探した。荷物を運んでもらうために。しかし、魔法協会が運用していないためもあるのか、肝心のポーターがいない。 「サービスが悪いなぁ……」  仕方がなく、僕は革製の大きなトランクを、椅子の下から引っ張り出す。 「それぐらい自分で持てよ」 「手伝ってくれない?」 「男だろ」  レディは自分の背嚢を片手で背負い込むと、先に列車から降りてしまった。僕を置いて……薄情な!  ホームにカートだけ置かれている。ポーターはどこかにいるはずだが、サボっているのかどうか、人影はいない。 (――自分で使えということか?)  いないものは仕方がない。  それに僕のトランクを乗せて、彼女の後を追うこととした。 「ところで、レディはどこに行けばいいのかわかっているの?」 「あッ……」  勝手にさっさと歩いていたが、バツの悪そうな顔をするとフードを被り、顔を隠した。  そして、スッと僕の後ろに付く。 (こういうところがかわいいんだから……)  ちょいちょい意地を張っているが、肝心なところが抜けている。  ※※※  駅の建築方法も魔法協会が教えている。なので、その国で自分達の使い勝手(文化)にあわせているところもあるが、だいたい施設は同じだ。他の国に行ったところで。  このランタン駅も造りは、この地域の木組みであるが、駅の機能や宿泊施設などは揃っていた。ただ、揃っているだけではダメだ。  ちゃんと機能しなければ―― 「――部屋?」  僕の荷物を置く目的もあり、駅の宿泊施設を利用することにした。だが、なんだこのホテルマンの対応は!? いや、早朝にいきなりだったのが悪いが……。  確かに、駅には宿泊施設は付いているが、ホテルというより田舎の宿屋だ。フロントとパブのカウンターが、合わさっている。周りを見回すと、乱雑に並んだ机や椅子、大衆食堂のような感じだ。  目の前の人物もホテルマンというより、宿屋の亭主。寝起きの無精髭。こんな山奥で都会のホテル並みのサービスを望んだ僕が悪いのか……。 「ありますけど……部屋はひとつで?」 「もちろッ――痛ッ!」  足を力任せに踏まれた。いや、犯人は分かる。レディ以外にあり得ない。 「――部屋は別……」 「ご夫婦一緒ではなくて?」  再び踏まれる。 「誰が夫婦だぁ。こんなやつと一緒にするなッ!」  彼女のドスの利いた声で、眠たそうにしていた宿屋の亭主は目を醒ましたのか、慌ててカギをふたつ出した。  そして、カウンターから出ると、まずレディの背嚢に手を出した。運ぶためだろう。だが、そういうのは彼女が嫌っているから、 「ボクのは触るな。この軟弱なやつのを持て」  と、僕のトランクを足先で指した。 「よろしいんで?」 「――お願いします」 「こちらが奥……お嬢さんの部屋」  二階が寝室だった。亭主は僕のトランクを運びながら説明をした。  階段寄りのほうから、レディの部屋。向かいが僕の部屋となっている。 「旦那さんの部屋はこちらです。  食事はしたい時に言ってください。まあたいしたものは出せませんが……」 「荷物を片付けたら、早速朝食を頼もうかな」 「へい――」 「ところでお連れさんは、ホントに奥さんではなくて?」 「そういう詮索は――」  まあ、そうなってほしいとは思っているのだが、あの契約がある。なかなか心を開いてくれない。しかし、この亭主は少々プライベートにツッコみすぎではないだろうか。 「いや、失礼……最近かみさんと会っていなくて……」 「ケンカでもされたのですか?」  そっちのほうが興味がわいた。というのも、ケンカした後の対処方法がわかるかもしれない。あきらかに亭主は僕の父より上だ。夫婦の長い付き合いというものがある。だが、別れていないことを考えると、何か仲直りの秘訣でもあるのかと感じたからだ。 「あっ、いや……聞かなかったことにしてください」  そういうと、トランクを置いて部屋から消えていった。  それと入れ替わるように、レディの姿が目に入った。 (――何かあるのかな?)  引っかかることでもあるのか、部屋の入り口にもたれかかっている。 「どうかしたの?」 「部屋を変えろ」 「何故?」 「――来れば分かる」  そういって、きびすを返す。仕方がないので僕は彼女に付いていくこととした。  入ってみたところ、自分の部屋と変わるところはない気がした。  入って左正面にベッド。真っ直ぐ視線を向けると、書き物机に窓がある。左右は壁……特に変わった様子は無いように思える。が、ふとレディの顔を見ると、僕を小馬鹿にした目付き。 (試されている? よろしい!)  僕は指をパチン、と鳴らした。 「魔法を使うのは無しだ」 「自分の得意分野で解決して何が悪い」  空間認識魔法と呼んでいるが、原理は磁界と空気を振動させて部屋の中、壁の中などの隠れた場所まで認識する。 「――見つけた!」  彼女が見つけたものと一致していればいいが……声を上げないように、人差し指を立てて唇に持っていく。彼女も理解したらしく、こくりと頷いた。  ベッドの向かい側、右側の壁。建物の作りからすると、階段があった場所だ。  平然と腰板が並んでいるが、少し屈んで手で壁を触りながら探した。 (隠し扉だ!)  少し押してみると、どうだろう、腰板がまるでドアのように開いていく。きしみ音などが起きないように、慎重に押してみる。すると、隙間から階段へ出る扉だと分かった。  取っ手がないところを見ると……開けるとしたら、階段側から蹴飛ばして開けるのであろう。 「あの亭主はランダムにカギを渡したようだったが……」 「その言い方だと、君をこの部屋にしたいと? でも何のために?」 「それが分かったら苦労しない。それよりもボクの部屋と念のために、交代してくれ」 「それは――もちろん!」  何のためにこの部屋にこんな隠し扉があり、彼女をここにしたのか?  あまり治安がよくない場所の宿屋ではよく聞く話。荷物を盗まれる。最悪、人さらいなんて事もある。そんなことを考えつつ、一瞬、頭によぎったことがあった。 (――レディを襲う気だ 僕のレディに何てことを!)  動機なんてどうだっていい。  いくらレディが魅力的であるといっても、彼女を連れ去ろうなどとは!  そうでなれば、彼女をこんな部屋に入れるはずがない。  まあ、冷静に考えて、夜間襲われようが、よっぽどの手練れでなければ彼女に勝てないであろう……が!  そうであっても、彼女を危険にさらすわけにはいかない。 「何、人の身体を見ている?」 「いや、つい……」 「――気持ち悪い。そういう訳だから、部屋の交代――」  そうだ。恋人である僕が、レディを守らなければ!  もちろん、すぐに承諾をした。  例の扉の前には、フタをしなければいけない。宿屋の亭主にバレないように……。  幸い内開きだから、ベッドを重力の魔法で浮かせると、左側から右側にゆっくりと移動させた。ドアが半分しか開かなくなったが、まあそれはそれとして……。  僕が寝るはずだった部屋もチェックしたが、特に変わった様子は無い。 「これでレディも安心して寝られるはずだ」  と、僕の言葉に彼女はジッと見てくる。 「――何か?」 「キミが変なことをしない限りな――」  僕がキミに変なことをするとでも言うのか?  まあ、何度かキミに断りもなく、部屋に忍び込んだことはある。だって、隠すことはないだろ。僕らは心が通じ合っているはずなのに?  僕だって男だ。  いい加減煮え切らないキミの態度にウンザリすることもある。ちゃんと段取りなるものを踏んでいるはずなのに……そんな、信用されていないのか僕は―― 
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