0人が本棚に入れています
本棚に追加
僕ら監視官と、あの軍人エンタリウス=プライズ中尉とは別れた。
彼の話では、この秘密のラチナム鉱山に反対している一派の人間らしい。元々は国内問題として処理をしたかったそうだ。
僕ら監視官が干渉すれば、それは国際問題になる。だから、国内でなんとかしたかったが、彼らは少数派。戦力はあちら側が有利。あげくに相手はキメラで武装しているために、手出しができなかったそうだ。
結局、国際問題になってもいいから、監視官に問題の解決をさせることにしたそうだ。
(僕らとしては、もっと早く報告してくれればよかったものを――)
戦力は少数だが、隣の街で制圧部隊が待機しているそうだ。
プライズ中尉は電信室があるとかで単身、精錬工場へ――鉄道が引き込まれた建物へ向かった。先程いっていた隣の街で待機中の部隊を呼び寄せるそうだ。
(到着するまでに、二、三時間。その間に戦略型キメラを倒せば――)
無茶をいってくれる。
一〇年とはいわないが、監視官としてそれなりに経験を積んでいる僕でさえ、死体ぐらいしか見たことがない。そんなバケモノを倒せという。
さて、探しているウチの消えた吟遊詩人一行だが……これは残念なこと。
相手側のキメラを写真に収めるなどしていたため、拘束されたそうだ。
現在のところは生死不明。唯一、プライズ中尉の一派にフィルムのみが渡されて、回り回って魔法協会の本部に届けられた次第……しかし、よくよく考えると、こんなところに撮影隊がやってきたのが、怪しく感じてきた。
売り出し中の吟遊詩人のブロマイドを撮るぐらいなら、北半球にもいくらでもいいロケーションはあるはずだ。
(父さんが絡んでいるか……)
問い詰めるべきだろうか? なんにしても生還をしなければならない。
「ボクらはどこから取りかかるんだ?」
指示待ちのレディがいる。お気に入りの銃斧を担いでいるが、不満そうにしている。だいたいあの武器はなんだ。レバーアションライフル銃の銃身をわざわざ強化して、先端にアレックスを付けるなんて……誰が作ったんだ。
「ああ……まずコンベアベルトを破壊しますか――」
「ええ~ぇ……」
あきらかに不満そうな声を上げた。
実を言えば、この少し前に僕らは少々言い争いをしたのだ。
ここをどう攻めるかという事なんだが――。
実際のところ僕は、実戦を想定していなかった。
監視官たるものいかなる時でも、気を許していてはならない。だが、今日は本当は偵察目的のつもりだった。それがいきなり実戦に入ることとなる。
しかも、相手は全長三〇メートルほどもある戦略型キメラを保有している。
そんな実戦ともなれば、それなりの準備をしなければならない。
「対巨大キメラ用兵器を使うのか!」
彼女のいつも輝いている金色の瞳。その瞳孔が開き、一段と輝いていた。
さすがに戦略型クラスのキメラに生身で対応はできない。そのため魔法協会ではキメラ法の特例処置として、人が乗って動かす巨大な人型兵器とも呼ぶべきものを開発した。
全高一五メートルほどではあるが、人型をした技術てんこ盛りの全金属型ゴーレム。だが、そんなものは本部に試作機があるだけ。
本部でそれを見て、レディは載せてもらい、かなり気に入ったようだが……何千キロも離れたこの場所へ、古代魔法の転送を使ったところで、ちゃんと送れるかが心配だ。
(魔法のことを本当にわかっていない)
レディの口からは「キミなら簡単だろう」とはいうが、古代魔法はマナニウムを使う現代魔法を呼び水として、無理矢理使っているだけ。なのでどんな原理なのか、正直わかっていない。何千キロも離れた場所から、ゴーレムを飛ばすことは可能かもしれない。だが、僕のダイリチウムは空になる。それだけならいい。どこかで手違いを起こして、空間の隙間に落ちてしまったら……莫大な研究費が無駄になってしまう。
「とりあえず、これでガマンして!」
と、僕が腰のバッグから出したのは、二本の取っ手付警棒だった。
いつも使っているものだから慣れているだろう。
あくまでも今回は偵察を目的としていたが、急遽、責任者の拘束に変わった。逮捕権は、対キメラ法、第二条で適用できる。
第二条、『監視官はいかなる場合でも、令状なしに犯人を逮捕することができる』
戦略型キメラを使っている以上、ここの責任者は言い逃れができないはずだ。
「責任者を拘束すれば一件落着。ドラゴン型キメラなんて相手にせずにすむ……よって――」
「これで相手になるか!」
とまあ、気に入らないのか、トンファーを投げつけてきた。
そして、強引に僕を後ろに向かせると、レディは勝手に人のカバンの中を漁りはじめる。
このカバン。実を言うと、古代魔法を利用した小さな異空間の入り口だ。ものはなんでもとはいわないが――カバンの口の大きさなら――入る。でもって、彼女の武器もこのカバンの中に入っている。
「ボクの探しているのはこれだ!」
引っ張り出したのが、例の銃斧。斧の部分がギリギリ通るから、入れているが……それを振り回すという事は、被害者が出る可能性がある。
それは、まだ許可は出せない。
「勝手に出さないでくれるか!」
「だったら、もっといい武器を用意しろよ」
と、いわれても用意はしていない。あとは……暗殺用の圧縮空気を使う空気銃しかない。
手元にあるのは、この銃斧が一番強力であろう。
※※※
僕としては最小限に、さらりと責任者を捕まえてこの事件を解決したかった。ドラゴンを相手にしなくていいのだから。
鉱物の精錬工場を小走りに進むと、僕らふたりは坑道から伸びるコンベアベルトのところまでやってきた。
大人の頭ぐらいの鉱石が、運ばれて破砕場へ向かっている。そこを破壊すれば、工場は停止。混乱し、責任者が現れるだろう。
その責任者についてだが、プライズ中尉からは、どんな特徴なのか聞けていなかった。
銃斧を構えると、レディはコンベアベルトの軸に向かって弾丸を撃ち込む。
「なんだ、チっ――」
レディの舌打ちが聞こえた。先端のローラー部分を狙ったようだが、手応え無し。平然とコンベアベルトは動いたままだ。
鉱石を運んでいるコンベアベルトだ。針金か何か……金属で補強されているのかもしれない。
「任せなさい!」
僕は掌に力を込める。腰のダイリチウムから掌へ、マナニウムを集中させた。
そのまま周りの空気を、重力の魔法で圧縮して固めていく。
出来上がった光の塊はリンゴほどの大きさ。それをひょいっと、コンベアベルトへ僕は投げつけた。
一種の空気の爆弾。中に核の魔法も詰め込んである。コンベアベルトへぶつかると爆発、圧縮された空気が解放されて、オマケに核の力で高熱化。自分でも惚れ惚れするほどの爆発を起こした。しかし――
「もう少し、力加減を考えろ!」
レディに怒鳴られる……いや、ここまでヒドくなるとは――。
稼働中であったコンベアベルトが運んでいた鉱石が、四方八方に空中へ上がったのだ。
当然、ある程度まで上がると、落下してくる。しかも、こちら側に向かっていたものであるから、色々な力が加わって、こぶし大の鉱石が雨のように降りそそいだ。
まあ、僕らに降りそそぐものはほぼ空中に停止している。重力壁で止めたから……。
レディの顔に傷なんか付けたら大変だ。だが、他の防ぎきれなかったものが、僕らの後ろ、精錬工場へ落下していった。
「だッ、誰だ!?」
当然といえば当然。そこで警戒している看守が現れるわけだ。
あのプライズ中尉と同じショートソードを腰にぶら下げているあたり、この国の正式な看守の姿なのであろう。
「何者だ!」
現れた看守は、僕らを見てすぐに不審者だと気が付くだろう。
こんな美人が銃斧を持っていること自体、不自然だ。
すぐさま懐から、小さな金属製の筒を取り出し、口にくわえた。
応援を呼ぶための呼子笛だ。
(ちゃんと統率がとれている――)
相手の動作を感心している場合ではない。
僕は先程もいったように最小限に済ませたかった。被害を……だけど、ちょっとした手違いで、被害者が増えそうな予感がする。
ピッー――
「うるさい!」
呼子笛が音を発するか微妙なところで、レディはその笛を射撃したのだ。看守の命を奪わずに――。
(あんな重たい銃斧で、よくあんな繊細な射撃ができる)
撃ち落としたのは、音が響き渡るよう少し横を向いた瞬間だった。
看守は何が起こったのか分からず、混乱して動かない。
それはそうだ。銃斧なんて精密な射撃をするような武器ではない。ライフル銃はオマケみたいなものだ。先端に重たい斧が付いているのだから、構えるだけでも大変だ。
さすがだ、と感心してる間に、レディは次の行動に移っていた。
「アト、ボーッとするな!」
「えッ! ああ、ゴメン……」
クルリと銃斧を回すと、銃床で看守の眉間を殴り倒していた。とっさのこともあるだろうが、そんなところへ叩き込まれたら脳しんとうを起こして、気絶してしまう。
それよりも、彼女が看守を殺さなかったことだ。
笛を撃ち落としていた時点で、そんな手間をかけなくても、声も上げさせずに射殺できたはず。更にストックで倒さなくても、斧で突進すればすむ話だ。
(ちゃんと弁えてくれる)
まだ、僕らは対キメラ法、第三条は発動させていない。
初めて会ったときは、そんなことがなかった。
邪魔者は排除――それがレディの考えだった。しかし、僕と一緒に行動してくれてから、力の行使について理解してくれたのだろう。
「何している!」
「ゴメン。ついレディのことに感動しちゃって――」
「――気持ち悪い……」
と、レディは走り出す。看守が出てきた精錬工場が、どうやら看守の詰め所にもなっているようだ。ということは、そこにここの責任者もいるのであろう。
(プライズ中尉は特にいわなかったな……)
気になることだ。どうせ監視官を利用して、自国内の勢力を塗り替えようとしているのだ。最小限にしか関わりを持ちたくないのかもしれない。まあ、心にとどめておこう。
レディは工場の扉に手をかけた。扉を楯に開けようとしている。
その時、建物の反対側から汽笛の音が上がった。
「なッ! 出荷時間?」
たまたま僕らが襲撃した時刻が、ラチナムを麓へ運び出すのと重なっただけなのだろう。
建物の影から、蒸気機関車が姿を現した。貨車を何両も繋いでいる。
(あれにラチナムが――)
僕は慌てて列車を止めるべきだ、と判断した。
ここで列車を止めなければ、不正に採掘された禁止物が巷にあふれてしまう。
「中よりも、ラチナムだ!」
レディを残して、僕は列車のほうへ走り出した。だが、ゆっくりに見える列車は、すぐに加速していく。
僕が建物の反対側から到着する頃には、最後尾が勢いよく離れていくところだ。
(距離は離れているが、魔法で――)
先程の空気爆弾を投げれば、と……いや、それよりも日頃の運動不足で悲しいかな僕は倒れそうになった。
「もう限界……」
息切れして、膝がガクガクいっている。
「本当に軟弱だな――」
隣に追いついたレディは息切れせず平然と立ち、しかも数発、貨車に向かって射撃していた。まあ、無意味な行為だけど。
「ちゃんと運動しないと……」
頭がクラクラする。倒れそうになりながら、掴まれそうな……レディの腰のベルトに手をかけようとしたが、
「寄るな」
「――そんなヒドイ」
レディにはさらりと避けられた。そんなものだから、線路に転んでしまう僕。
顔を少し上げると、彼女の革靴が目に入った。しかし「寄るな」と突き放したわりには、何故か僕の顔を踏みそうなほど近づいてくる。
「こんなところで、倒れている場合じゃないぞ!」
「なッ、何を……」
「ヤバいのがきた……」
起き上がって、レディが警戒していた理由がわかった。
よりによって、目の前に戦略型キメラが舞い降りてきた。過ぎ去る列車を守るかのように――
※※※
戦略型キメラ。その形状から『ドラゴン』と呼ばれている。
巨大な胴体に、ワニのような顔つき、コウモリのような翼、ワシのようなかぎ爪、蛇のような長い尾……。皮膚は鋼鉄のように硬く、弾を弾き、口からは魔法技術の応用で火を吐く。
全自動破壊兵器として、その昔の戦争で投じられたキメラが『ドラゴン』だ。
戦術型キメラはこれを小型化、全自動ではなくある程度制御が効くようにしたものだ。
(全自動なんて厄介なものを付けたから……)
人間でさえ、すべて思考が論理で動いているわけはない。不安定なものを模造し、そんなバケモノに搭載している時点で、昔の人はどうかしていた。
「どうするんだ!」
レディの声で、僕は考え事をしている場合でないことを思いだした。
そのドラゴンが目の前にいる。
(対決するのは初めてだ。どうすれば――)
蛇のような金色の瞳が、僕らを睨み付けてきた。
並の武器では傷を付けることは――
パンッ! パンッ! パンッ!
唐突にレディが銃斧の引き金を引いた。レバーを降ろすのも素早い。
狙った場所は、目玉、喉元、翼の付け根。彼女の弾丸は、一般的な鉛弾のはず。そんなもので効くはずが――
「効かないっていうのに、なんで撃った!?」
「ボクの目に似ていたから、なんかムカついた――それよりも、話よりも弱いぞ」
「そんなはずは――」
彼女のいうとおり、鋼鉄並みと言われていた皮膚を弾丸は撃ち抜き、ダメージを与えている。
(無意識のウチに魔法で強化したか? いやそんな暇はなかった)
レディは「魔法はよく解らない」というが、無意識に使っている人がいる。
彼女もそんな部類だ。弾丸の貫通力を高めたり、身体能力の補助だったりと。しかし。彼女がそのようなことをしている暇はなかった。
(結論、このドラゴンは張りぼてだ)
正確にはわからないが、完全な戦略型キメラではない、という言い方が合っている。
理由はどうあれ、目の前のドラゴンは並の生物である。
それなら警備などで稼働しているのも説明が付く。戦闘・防御能力を削った分、マナニウムの消費が抑えられ、そういった任務に就けるのだ。
「倒せるんだな!」
僕の答えを聞かずにレディは飛び上がった。
彼女は銃斧を振りかざし、脳天にその刃を叩き込もうとしているようだ。
無意識に魔法を使っている人なので、自分の周りの重力に差が生まれて、飛び上がっているなどと、考えていないだろう。
「倒せるのなら僕も!」
手刀を光らせる。電気と重力の魔法の掛け合わせ――素早く空を切りつけると、光の刃を誕生させた。
光の刃はドラゴンの羽の根元へと向かって、飛んでいく。
生物である以上、脳を破壊されては動けまい。
結局、僕の攻撃はドラゴンの羽を切り落とした。そこへレディの斧が脳天をたたき割った。それでドラゴンは終了。こんなに簡単ならこの先も楽だが――
「あっけないものだなぁ」
と、感想を述べるレディだが、この国には、そもそも本格的なキメラ製造技術がないのかもしれない。ここはあくまでラチナムの発掘をしているだけの場所だ。
(どこに売りつけているか、探さなければ――)
そこでは、本格的な兵器としてのキメラが製造されているはずだ。
この件は根が深い話になってきている。放置した『解析機関』の事もあるし――
「さて、アト。これからどうするんだ?」
「ああ、ともかくここの責任者の逮捕かな……」
ラチナムの売り先も、ここの責任者なら知っているかもしれない。そこまでしなければ、この事件は解決しない。売り先も潰さないと――。
吟遊詩人の一行の捜査から、国家レベルの犯罪になるとは思わなかった……いや、ウチの上司、魔法協会の本部では断片的な情報から、それなりに推測していたのかもしれない。
「おい。アト後ろ!」
「へッ?」
彼女の前で間抜けな声を上げてしまった。
まあ、僕の下がった威厳は後で回復するとして、振りかえって見たのは……勢揃いした看守達だ。総勢一〇名の分隊クラス。五人ずつ二段に分かれて小銃を構えている。
その集団の横に、ひとり服装が違う人物がいた。看守の制服の上に、マントを着けている。
「動かないで! 抵抗せず手を上げなさい!」
どうやらこの女性、この分隊の分隊長のようで、指揮棒を手にしている。
「ああ、もう執行していますが……宣言するために、関係者を探していたんですよ」
探す手間が省けた。監視官の仕事は、ちゃんと対キメラ法を発動することを宣言しないと、執行できないのが面倒なことだ。だが、もう僕らはコンベアベルトも、張りぼてのドラゴンも倒してしまった。しかし、数分の誤差だ。
それぐらい報告書を書き換えれば、問題ない。だって――
「ひとつ質問を――
ここで作られている金属はラチナムであることを認めますか? その巨大生物はキメラと認めますか?」
「何をゴチャゴチャと……構え!」
軍刑務所の、しかも強制労働の鉱山の看守だ。二線級といったところが、小銃を揃えたところで、僕らには敵いっこない。
(少しは判ってらっしゃる――)
改めて構えられた分隊の小銃。その銃口にマナニウムの光を見た。
現代魔法で弾丸を強化するようだ。貫通力か、拡散か、それは解らないが、
「――撃て!」
分隊長の号令の元一斉に引き金が引かれた。しかし、
「ああ……僕の質問の答えということで、よろしいですか。キメラ協定違反とお認めになると……」
いくら魔法で小銃の弾丸を強化しようと届かない。僕と分隊の間には、強力な重力の障壁を張っているのだから。あのレディに襲われたときと同じように、空中で弾丸は停止している。
「どういうことだ!? もう一度!」
分隊長の命令で、小銃のボルトが牽かれ次の弾が装填される。
所詮、一般兵だ。僕並みの魔法士の重力障壁は、撃ち抜くことは難しいだろう。もっと強力な武器と技術がなければ、弾の無駄……といっても聞かないであろう。
「レディ! ではご一緒に――」
「また、あれをやるのか?」
「規則だから――」
不貞腐れた態度で、彼女は僕と並んだ。
「ラチナムの不法発掘及び、準戦闘用と思われるキメラの所持。該当人物は違法性を認めた」
ここからふたりであわせた。
「よって、第三条『監視官は相手がキメラ条約違反と認めた場合、二名以上の監視官の承認の元でキメラ及び犯人を処罰することができる』」
もう該当のキメラは片付けたが、まあこれは形式だけのことだ。
「承認! 監視官アト=ミックス」
「――承認。監視官補佐レディ=レックス」
再び、ふたりで声を合わせる。
「これより当案件は、対キメラ法・第三条を適用する。
三条補則、場合によっては抹殺することも許される!」
※※※
「そんな無茶苦茶なぁ!」
分隊の誰かが声を上げた。
そんなことを聞いている暇はない。すでに対キメラ法は発動したのだ。
「最終警告! 関わりなき者は去るように! さもなくば……」
僕はそこで止めた。
改めてレディは銃斧を腰に添えて、魔法を弾丸へ詰め込む。
僕も少々手伝いをした。彼女の銃口には流れ込むマナニウムの光とはもうひとつ、別の球体が誕生しようとしていた。
前に使った空気爆弾。それから核のエネルギーを抜いたものだ。
それが、弾丸と共に撃ち出された。もちろん、手で投げたよりも早く弾けた。
名もなき看守達はこれで全滅……吹き飛ばされた。さすがに敵側の下っ端だからといっても、殺す理由にならない。
抹殺するとは宣言したが、相手と場合によるものだ。
だから、空気圧で吹き飛ばした。まあ怪我はするだろうが、命は奪っていない……はず。
「また手を抜いた!」
レディは不満たらたらではある。彼女的には手抜きだと思っているようだ。
(さっき分別が付いたと、感じたのは間違いだったかな?)
それはそうと、話を聞けそうなのは、あの女性分隊長のみ。
何せ一番に逃げ出した……いや、違うな、もっと人を集めようとしたのかもしれない。どっちでも部下を置いて逃げ出したのには変わりはないだろう。だが、少々足が遅かったようだ。弾けた衝撃波で地面に叩きつけられている。
それでも逃げようとしているのか、立たない足を這いずって、前に進もうとしているのには感心する。
「では、分隊長殿。お話、よろしいでしょうか?」
そんな分隊長の前にわざわざ回って、大げさに目の前を塞ぐように地面を踏みつけた。
まあこの分隊長も、階級が少尉ということを考えれば、責任者ではないだろう。その責任者への道案内をしてくれれば十分だ。
「わッ、私は何も喋らないぞ!」
「軍人としてはご立派。でも、あなたが見捨てた哀れな部下が可哀想……」
「私は、捨てたのではない! 応援を呼びに――」
「言い訳は、あの世でしてください!」
と、僕が言った途端、レディが銃斧を叩きつける。分隊長の顔の横、後数ミリズレていたら、耳がたたき落とされていただろう。
まあ、部下達の命は取っていないと思う。
見たところ、息はしているようだ。転がっている数も合っている。
「質問に答えて貰えますね?」
「何も喋らないぞ!」
「質問、答えてくれますか?」
と、強めにいった。すると、レディも反応してか、分隊長の痛んでいそうな足を踏みつけた。
「ギャァ! きっ、貴様ら!」
「では、逮捕といきましょう。この国の当局ではなく国際機関……まあ、委託されているぶっちゃけ、僕らの魔法協会があなたを逮捕します。
対キメラ法第二条、『監視官はいかなる場合でも、令状なしに犯人を逮捕することができる』
えっと――」
逮捕にあたり一応、暗記はしているが、定番の謳い文句を言うために、カバンから手帳を出した。
「貴方には黙秘権はありません。また、拘束期間は定められておりません。弁護士を立てることはできますが、キメラ協定違反の特記により、一定期間のみの弁護となります」
「横暴な北半球の連中が決めたことに、何故、我々が従わなければならない!」
「この国が南半球で大手を振っていられるのは、協会のおかげであることをお忘れなく。
それとも支援を打ち切るのも、この場でのあなたの返答次第――」
まあ、国の支援をどうにかする最終的に決めるのは本部だ。僕は意見をいえるだけ。
『逮捕なんてまどろっこしいことしないで、ここで締め上げろよ!』
と、レディは言語を変えて僕にいってきているが、それはできない。
ちゃんと規則に乗っ取ることこそが、監視官の力を暴走させない一歩だ。
「何も喋らない! 貴様らに捕まるものか!」
突然、分隊長は勢いよく立ち上がった。押さえつけていたレディを振り払ったのだ。
そして、懐に手を入れると何かを取り出した。
(何? ガラスのアンプル?)
親指ほどのガラスの小瓶。それがチラリと手の中に見えた。
「しまった! そんなものを持っていたのか!」
不敵な笑みを浮かべ、分隊長はそれを飲み込んでしまった。もがき、胸のあたりを掻きむしりながら倒れ込んでしまった。
少々、弱者を追い詰めすぎたようだ。
僕はそれが何か判った。レディもそうだろう。
それは『自決剤』というべきものだろう。
前にも説明したとおり、キメラの稼働にはマナニウムが大量にいる。
通常は僕のような魔法士がダイリチウムから供給して、別の場所から古代魔法で転送、起動する。だが、空気中以外にもマナニウムは存在し、ダイリチウム以外に蓄積されている場所があるのだ。
それば僕達の身体の中。毎日、空気を吸い飲み食いすることで、自然とマナニウムが蓄積されている。あの自決剤はそれに注目したものだ。
「――このッ!」
レディが斧を分隊長の首元へ、叩き込んだ。だが、すでに変化が始まり、身体中が黒い毛で被われはじめている。その毛は鋼鉄のように堅く、斧を弾き返した。
「チっ!」
舌打ちしながら、レバーアクションで弾丸を発射しながら後退。しかし、彼女だったらもっと撃ち込んでもいいはずなのに――
「アト、弾丸よこせ!」
ああ、そういうこと……。
それよりも分隊長の身体の変化だ。背中から四本の黒い脚が出てきた。元の手足と合わせて八本。臀部と思しき場所も変化し、肥大化していく。
それはまるでクモだ。あの小瓶は……そう人間の肉体を触媒として自然に蓄積されたマナニウムを利用して、別の場所に保管しているキメラを召喚するものだ。 もちろん、体内に召喚されるため、身体を引き裂き、自身の肉片もエネルギーの一部となる。
そのために『自決剤』と呼ばれている。
武装集団が、土壇場の一発の逆転によく使われる。こんな非人道的なものを作っているものが誰であるか、まだ捕まえていないのが悔しい話だ。
「――気持ち悪……」
レディが吐き捨てた。
分隊長はすでに五メートルはあるかと思えるクモのキメラに変わっていた。
戦術型キメラの一種。先程のレディの斧を弾き返したことから、倒した張りぼてのドラゴンよりも、兵器としては精錬されている。
普通だったらある程度、コントロールするために魔法士が必要だ。前の戦争で、コントロールを失ったキメラのために大変な目に遭った。制御は、キメラ開発者が一番気にしているところだ。この土壇場の一発の逆転を狙ったものは、その辺が省かれている。
なので――
「なっ、なんだ!」
不意に現れた、別の看守班に襲い掛かろうとしている。自我がないというより、すでに元にした分隊長とは別の生き物だ。誰が敵で味方なのか、解るはずがない。
僕は慌てて、両者の間に小さな空気爆弾を投げ込んで爆発させた。
出てきた看守達は吹き飛ばされたが、生きているようだし、キメラに襲われることはないで文句を言わないでほしい。
「こっち!」
僕はレディを連れて走り出した。クモ型キメラも、僕のことを敵と認識して追いかけてくる。
とりあえず、精錬工場から離さなければ――
「――早く、弾丸をよこせ! あれに効くやつ!」
「効くやつと言われても……」
遭遇戦だ。対キメラ用武器なんて、最初から持ち込んでいない……いや彼女の銃斧。斧はタングステン鋼だったはず。鋼鉄よりも堅いから、金属の切削加工に使っていたものだ。鋼鉄並みの強度の毛だって、やりようによっては叩き切れないだろうか?
「斧でなんとかして!」
「効かなかった。見てただろ――」
「首なんか狙うから。毛が薄い場所!」
「なるほど……」
と、レディは止まりクルリと振りかえる。目の前にキメラが迫ってくるというのに。
気が付くと、僕が距離をわざわざ取ったにもかかわらず、助けた看守達は各々に小銃を放っている。だが、弾はことごとく弾かれている。
(折角助けたのに、向こうにまた向かれても困る……そうだ!)
ふと、カバンの中を弄くりだした。
(確かあったはず――)
整理しなければと思いつつ、更に先程、レディが中をかき回したのでどこに何が入っているのかよく解らない。が、お目当てのものが出てきた。
小銃の弾薬。タングステン製の徹甲弾だ。レディの銃斧でも、使用可能のはず。
「レ……」
彼女の名前を呼ぼうとしたら、クモ型キメラが目の前まで来ていた。
(ヤバい捕まる!)
僕は地面を蹴った。もちろん、彼女を助けるために……しかし、届かないことはすぐに判る。だが、それ以上に予想外なことが起きる。
「――おりゃッ!」
彼女は、キメラを蹴飛ばした!
人間であれば、アゴを蹴り上げる感じであろう。どれだけ重たいか判らないが、キメラの五メートルある巨体が宙に浮き、ひっくり返ってしまったのだ。
腹を出して、今、クモ型キメラはもがいている。
そこへ――
「食らえッ!」
レディが飛び上がり、毛に被われていない腹と胴体の付け根に目がけて斧を振り下ろした。無論、毛に被われていないとはいっても、皮膚部分もそれなりの強度があるはず。だが、彼女が狙ったのは、蛇腹状になったつなぎ目だ。
ざっくりと斧が撃ち込まれた。それと同時に、緑色の体液が飛び散った。
なんとか貫通できた。二打目に入ろうとしたが、斧が挟まっているのか、なかなか抜けない。
「レディ逃げろ!」
腹の上の彼女を排除しようと、キメラは八本の腕で襲いかかった。前後左右……あらゆる方向から、襲ってくる足をレディはかわしていったが、六本目の足の攻撃が避けきれなかったようだ。背中から叩き込まれ、キメラの腹の上に倒れ込む。
続けて七本目の足が、彼女を邪魔とばかりに腹から追い払った。
それでも銃斧を手放さなかったのは感心するが、地面に倒れ込んだ彼女が動かない。
(まさか!? レディに限って!)
最悪が頭をよぎったが、彼女はふらりと立ち上がって見せた。しかし、かなりダメージを食らっていることは見て判る。銃斧を杖のようにしているから。
(まだ戦うつもりか? 身体が動く限り諦めないのが彼女の流儀だろうけど。僕も覚悟を決めなければ――)
チラリとダイリチウムを見た。魔法をあまり乱用していなかったから、まだ血のように赤い。
(これなら使えるか――)
僕は両手を胸の前で合わせた。少し開けて、真ん中に球体を思い浮かべるように。
これから使う魔法は禁断だ。威力は凄まじいし、コントロールが難しく、使い手も少ない。おいそれと使用することを禁止されている。
あの『自決剤』と同じく決戦魔法。もちろん、報告書に使用した旨の記載は必要だ。しかし、キメラが出てきた以上、躊躇していられない。
通常の核・電気・重力・磁力の現代魔法のカテゴリに属さない。
古代魔法であるが、原理が判っていないのも、使い手が少ない原因だろう――僕は一家の伝承的なもので覚えた。
これから使う魔法は、一説には空間の『負』の力を引き出して使うという。
両手の間に赤い火玉が産まれてきた。
周りの空気も圧縮して加熱されている。火の玉を作っている掌が、焼けるように熱い。核とは違うエネルギーで強烈に発熱しているのだ。
「轟然一発・重力子弾!」
押し出すように両手いっぱいに広げた。別に魔法を使うときには、叫ぶ必要はないのだが、気分的な問題だ。
火球は真っ直ぐ、クモ型キメラに向かって行く。
そして、身体に触れたかと思うと、周りを圧縮しはじめた。
対象物を含んだ空間ごと押しつぶす魔法、グラビトン・アタック。
防御力など問題にしない。すべてを一点……ビー玉ほどの大きさにすると、魔法の効果が切れ、潰れた物体の圧力が解放され、爆発を起こす。
もちろん、クモ型のキメラは木っ端みじんに吹き飛んだ。
一撃必殺の決戦魔法であるが、当然、僕のダイリチウムは青く輝いている。貯め込んだマナニウムは使い切り、恐らく空気中のものも追加で使われたであろう。
レディが僕のほうを見ているが、
「なんか強力な魔法を使ったのか?」
彼女の金色の義眼は機能停止している。
周りのマナニウムで、動いている義眼だ。瞳に光がなく、顔は僕を向いているが、完全に位置を把握していない様子だ。たまに首をかしげている。
「こういう時に、この目が使えないなんて――またキミを殺す隙を逃したな」
強がりと捉えておこう。何せ、身体は先程のダメージからまだ回復していない様子だ。
「終わったか?」
あきらかに状況を見計らって、プライズ中尉が現れた。
(監視官を覇権争いに使うようなやつだ。気を許してはならないな――)
とりあえず、素っ気ない返事を僕は彼にした。
すると、どこからか機関車の汽笛が聞こえてきた。
プライズ中尉が呼んだ制圧部隊が到着したのであろう。
最初のコメントを投稿しよう!