ヒヨコ・ニワトリ・サギ・カッコウ・オナガ・ガン……そして青い鳥

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  大切な話があると、義両親が好みそうな料亭に、孝彦(たかひこ)さんたちを呼び出した。 「本日は、お時間をとらせてしまって申し訳ございません。どうしても、息子の将来ために、話し合いをしなければならないと思いまして、この場をお借りしました」  わたしは綺麗な角度でお辞儀をして、彼らが余計な(くちばし)をつっこむ前にテーブルに書類を並べる。医療に携わる者なら、この書類の真贋(しんがん)が分かるはずだ。 「ずっと引っ掛かっていたのです。なんで、あの浮気相手はわざわざわ家に乗り込んできたのか。この時点で、わたしは托卵されていると気づいていない、知らない振りをしたまま孝彦(たかひこ)さんと付き合えばいいのに、どうして彼女は自分から平穏を壊そうとしたのか……息子の成長から疑問が確信に変わりました」  あくまでわたしは、最近になって托卵に気づいた(てい)を装う。 「彼女はあなたじゃなくて、息子を取り返したかったのですね」  おそらく女性側に、なにかしらの事情の変化があったのだろうけど、詳しいことは確かめようがない。 「う、うそだ。知らない。オレは知らないぞ。それに、それ以前に、オレは毛髪なんて提出してない」 「別居の際に、わたしの私物を送ってくれたでしょう。確認したら、夫婦で共有していた日用品まで入っていたじゃない。使う気にならないから、箱に入れっぱなしになっていたのが、かえって良かったわ。わたしたちが使っていたブラシを提出したら、三人分の毛髪のサンプルが取れたのよ。……浮気相手も、あのブラシを使っていたのね」  わたしが説明すると、孝彦(たかひこ)さんは、今思い出したかのような顔をする。観念して、書類に目を通すと――。 「……あの、女ぁっ」  書類を黙読した孝彦(たかひこ)さんは、怒りで顔を赤くして義両親も不愉快そうに顔を歪ませた。 「――つまり、DNA鑑定の結果、私達が孫だと思っていた祐樹(ゆうき)は、君の子供でもなければ、 金野家の血も引いていないということか。こういう事態を招いたということは」  ぎろりと義父は、鷹の一睨みのごとく不詳の息子に向けられる。  孝彦(たかひこ)さんの方は、顔を青くしたり赤くしたりして取り乱し、隣にいる母親に救いを求めるが、義母の顔は能面のように白くなり、感情そのものが抜け落ちていた。 「はい。ですが経緯はどうあれ、わたしは祐樹(ゆうき)を我が子として愛しています。もうわたしにはこの子しかいないんです」  わたしはバックから離婚届を取り出して、土下座した。 「どうかっ! どうかっ! お願いします、離婚してください。祐樹(ゆうき)のこれからのためにも、どうかお願いしますっ!!!」  畳に額をこすりつけて、なんどもなんども懇願する。  義両親はプライドの高い人間だ。自分たちが赤の他人を孫と思い込み、嫁に来た女性を自分たちの不手際に巻き込んだうえで、息子は浮気相手にいいように利用されたのだ。  面子(めんつ)をつぶされて顔に泥どころか、全身が汚泥(おでい)まみれであり、泥を(すす)いで名誉を回復させるためには、身を切る荒療治が必要だということを彼らは知っている。 「これが、君の選択だとするのなら尊重しよう。慰謝料・教育費は祐樹(ゆうき)が成人するまで援助する」 「あなたっ!」  声を荒げる義母を制して、義父は同情をこめた目でわたしを見た。 「感謝します。孝彦(たかひこ)さんも良い人を見つけてください」  勝った。  まさか、援助まで約束してもらえるとは思わなかったから大収穫だ。 「お、おまえは、それでいいのか? 自分の人生なんだぞ?」  戸惑う孝彦(たかひこ)さんは、血のつながらない我が子を愛しむ、わたしの気持ちが分からないのだろう。  そして、ゆーくんが「うまれちゃ、ダメだった?」と問いかけたとしても、めんどくさそうにやり過ごそうとするのが想像できて、わたしは平静ではいられなくなる。 「だとしたら、孝彦(たかひこ)さん。あなたは自分の人生を大切にするあまりに、わたしに托卵をして多くの人たちに迷惑をかけたわけですね。そんな人生に、なんの価値があるのでしょう。わたしはゆーくんの母親になる人生を歩みます。だから、放っておいてください!!!」  淡々と反論するつもりが、次第に感情が昂って両目に涙があふれてくる。一応は感謝しているのだ、祐樹(ゆうき)が生まれてきた背景には、この男の我が身可愛さがあるのだから。 「おい、そんな言い方っ……」 ――パシッ。 「あなたっ! なんてことをっ!」 「申し訳ない! あなたにそこまで言わせるなんて我が家の汚点であり、それ以前に人間のクズだ。どうか愚かな私たちを許してほしいっ!!!」  それは一瞬だった。義父が孝彦(たかひこ)さんをはり倒して、頭をひっつかんで無理やり土下座させる。息子に並ぶ形で義父も土下座して、空気を読むかのように義母も不本意ながら土下座した。  畳に並べられたそれぞれの三つの頭を見て、彼らは本当に家族だったのだと、わたしは妙に納得してしまった。
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