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Ⅸ
「お土産をいただきたいのです」
朝食後のティータイム、ノエルがスピカ竜にこう切り出した。
あたしたちの襲撃の翌日の朝である。馬たちのもとへ戻り野宿する気満々だったあたしたちは、姉さんとスピカ竜の好意に甘えそのまま一泊した。馬たちには防御系中級魔法をかけてきているので心配はしていないが、案の定あたしたちは湯浴みに案内された大浴場(混浴)で妖魔たちから苦情の嵐を受けたのだった。
「国王第一王女とその従者が言伝もなく同時に消えたら流石に国王様も慌てましょう。もしかしたら兵をやって探しておられるかもしれません。なので、わたしたちが確かにこの渓谷に足を踏み入れたという証拠をいただきたく思います」
ゆっくりとなぞるように聞いていたスピカ竜が、これってセーフ? とあたしを見やる。
「仮定形だろう? セーフだ」
「なら良かった。ハハハ! 中々図々しいな? きみたちが勝手に来て暴れたっていうのに……まあ、けど言うことも最もだ。条件にふさわしい代物がある。待っていな」
それとも一緒に来る? と立ち上がるスピカ竜に頷き立ち上がった。
向かったのは宝物庫らしかった。宝石、鉱石、玉、宝剣、アンバーに閉じ込められた何かの目玉、金輪、陶器の人形、トパーズの花瓶、古い型の貨幣、水晶でできた香水瓶、アメジストのグラス、燭台、絵画……装飾品や芸術品、魔法具が所狭しと、然しながら埃もかぶらず鎮座しているのであった。
「スピカがここに屋敷のモノ以外を入れるなんて珍しいわ」
お目当てのモノを探して奥に進むスピカ竜の後ろで姉さんがこそりと耳打ちする。こんなコレクション・ルーム、そりゃあマニアには堪らないだろう。あたしが以前より自分のコレクションに加えたいと思っている宝石が光を放ち、喉が鳴る。横のノエルを見やると、彼女は口をおさえて目を輝かせていた。名のあるものもあれば全く何なのか分からないものもある、迂闊に言葉を発せないこの空間で、彼女なりのボーダーラインを探しているようだ。やがて一枚の絵画の下に飛んでゆき姉さんと談笑しだした。
「あった! これ持てるか?」
スピカ竜が何かをあたしに持たせる。水晶玉のような、しかし水晶ではない薄い青緑色の玉。ドラゴンの爪を思わせる細工を施した台座に支えられている。
「レイル・シーペントを知ってる? 別名”雨天蛟竜”、争い事や怒号を嫌い、山間部や洞穴に棲む絶滅危惧登録魔物で、これはそいつの流した泪の結晶だ。耳を当ててみな。琴のような良い音がするだろう。さっきからじっと見ていて心も安らいでいるんじゃあないか? こいつはそういう代物さ。オパールよりは硬いけれどスピネルよりは脆いから気をつけな。町民だれもの目に触れるところに置けばいい」
戦争以外のくだらない諍いがなくなるようにな、と微笑まれる。なるほど、不見の渓谷の主からの贈り物としてふさわしい希少品だ。
「絶滅危惧登録魔物の希少品なんていただいたらその存在が知れ渡ってしまうぞ。ハンターたちもよだれを垂らして狩りにでる。そいつらが危なくなる」
「優しいな。あいつらは隠れるのがうまいから大丈夫さ。絶滅危惧って言っても元々少数部族だし、その結晶もあいつらが後にした洞窟で見つけたものだから。そもそもきみたちのところの人間が悪戯に言いふらさなければいい」
そういうところが甘いのでは、、、いや、人が良すぎるのではないだろうか? 結局、戻ってきたノエルと礼を言う。
「スピカ、これも持たせてもいいですか?」
「ん? これか。そうだな、これの方がお嬢さん方には嬉しいかも。数があるしいいよ」
戻ってきた姉さんがノエルに手渡したそれは、両掌で包んでしまえるような小ぶりな、ムーンストーンに似た玉だった。
「これ、高等魔具”サーチ”じゃない!」
「環境的に手紙もおぼつかないからね。魔力を込めたら気付くし、私ここに来て結構夜型になっちゃったから、いつでも話せるわよ!」
胸をはった姉さんが言い切る前に、あたしたちはその華奢な身体に抱きついていた。
――
馬たちは”蜃気楼”に守られ無事だった。留守番ご苦労様、と鼻づらを撫でてやると安心したようにいなないた。手綱をしっかりと持ち、二人と二頭、できるだけ寄り添った。
「準備はいいかい?」
スピカ竜がこちらへ手をかざす。隣の姉さんが手を振る。
「また来年会えるのを、楽しみにしているわ!」
「ええ、また来年!」
あたしたちを包み込んだ風の層は、今度は涼やかで柔らかいものだった。
[The story goes on.]
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