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「あなたってそんなキャラだったかしら?」  麗らかな光に満ちた空の下、木陰にて食事をしている際の会話である。  この世から恐ろしいものを全て取っ払ってしまったかのようなやわらかな光の下だ。まあ実際は、頭上高くに鎧牙鳥が飛び、足元には大殻蟲が2列程で行進しているのだが。 「城内、あるいは国内にいる時より格段に言葉数が多いし、声も大きいわ」 「そうでしょうか」 「国内でのあなたはいつも知的に笑っていて、今のあなたはそうね……少しネジが緩んでいるような感じがするわ」  現に我が従者・ノエルはどこかはしゃいでいる。彼女は言葉の魔法使いであり、その魔力は常に溢れんばかり、彼女の身体の上限を超えているので人一倍(どころか人十倍ほどは)言葉使いに気をつける彼女が、先刻なぞは初めて見る美しい蜥蜴を指し、”見てください姫様! 初めて見る種類、襟元はまるで絹のショールかオーロラですわ!”と、うっかり「のよう」をつけない例えをして本当にそのヒラヒラが光素の幕になってしまったのだから怒ったそいつと追いかけっこする羽目になってしまった。 「良く言えば生き生きしている。ねえあなた、この旅で大成したいことってあたしと同じなの?」  問うと、彼女はこちらをじっと見つめ……バトンは受け取られず言葉の先を促される。そう、この子は負の単語を使えないのだった。 「姉さんを見つける。生きていればその生を喜び……亡くなっていたらその菩提を弔う。それがために特訓を重ねてきた。あなたにも随分付き合ってもらったわ――でも正直ついてくるとは思っていなかった。教えて。あなたは何故知っていたの?」  再び問うと、果実を咀嚼しながら彼女は目線を落とす。噛み口から滲む瑞々しい甘い香が微風に乗って、傍らの桃色の花を揺らした。 「……そうですね。わたしはあそこの中でいつも遠慮していました。どれだけ魔法を褒められても、どれだけ勉強しても、わたしが生きていて良かったのかなという空虚さがふと覗くから、いつも笑っておりました」 「あなたはそんな、」  悪い人間じゃない、と言いかけて口をつぐむ。ノエルの横顔が笑っていなかったからだ。こちらを向いた彼女の飴色の瞳とあたしのシトラス色の瞳がかち合う。 「御存じかどうか分かりませんが、姫様。7年前のあの日、ねえ様が行かれてなかったらわたしが選ばれていたらしいのです」  数口分残した果実を弄んでいた手は、見ているうちに足元の大殻蟲の行列へとカーブを描いた。一早く反応し喰いついたそいつへ周りの奴らが群がる。……待ってくれ、初耳だ。 「わたしがこれを知ったのはねえ様が行かれてしまわれた次の年でした。とても申し訳なかった。申し訳なくてたまらなくて、でも現状を愁いていてもねえ様は返ってこない。ならせめてわたしは、先の何かの役に立てればと頑張って勉強しました……だのにわたしに恵まれたのは最上の言葉の魔法。諸刃の剣でした」  言い切る前にノエルは何かに気付いたように口を開けた。彼女の舌先が鋭利な刃に変じており日光を受けて光っている。苦笑をにじませた彼女は(くう)を舐めるように舌先を突き出し、舌は柔らかい肉、と息で言った。日光を反射していた鋭利な刃が柔らかな肉色に戻ってゆく。 「言葉は好きですよ。文化の全ての始まり。でもこんな大きいものは手に余る……魔法の得手不得手は自身のルーツによるという説もございますが、亡くなった両親からその手の話は聞いたことがございませんでしたし。  使い方を間違えれば全部なくなるようなこれをこの身に宿して、何でわたしなんだろう、何であの日行ってしまったのがわたしではなくねえ様だったんだろう、などと。  姫様がわたしを従者に任命してくださっただけでなく特訓相手に指名してくださって嬉しかった。何か感じるところあり、一緒に行こうと言ってくださるのだと信じておりました……だのに姫様は何故お一人で行かれようとしたのですか!」  突然ノエルがこちらに向き直る。その目は泪に潤んでいた。 「いいえ、分かっているのです。わたしの勝手な期待だと。誰がどの程度知っているのか分からない特殊な秘密、言葉なく共有していたつもりの想いは、言葉にしなきゃ独りよがりなのです」  泪が一滴落ちたのを皮切りに次から次へと零れ落ちて行く。あたしはノエルの肩に手を置く。 「あなたがそんな事情を抱えていたなんて知らなかった。言ってくれれば、なんて今更言っても遅いよね。……あれを知った日から、息苦しかった。あたしが勝手に突き止めた、知ってしまったこの秘密を口外するわけにいかないと、ただひたすら腕を磨いた」  6年前、姉さんが国を出て行って丸1年経ったその日に教会から出た馬車が、5日後に風の精霊シルフィードを連れて帰ってきた。その胸に抱いていた封蝋の手紙をあたしは陰から視認し、何かあると探り始めたのだったな――ノエルの泪をぬぐう。つられて彼女も泪をぬぐった。 「独りで戦っているって、誰にも言えなくて。だからあなたについて行くと言われて嬉しかった。これは信じて」  戦っていたのがあたしだけじゃなかったって、あたし今、ほっとして泣きそうなのよ。 ―― 「姫様。わたしもお尋ねしておきたいことがございます」  この際なので思い切って声をかけると、姫様は馬具にかけていた足を外しわたしに目線を合わせてくれた。やはり言うまいか、と惑うわたしを根気強く待ってくれているので口を開く。 「良い結果と悪い結果のお気持ちはわたしも同じでございます。ですがもっと細かい、懸念できる全ての可能性への心構えもしているに越したことはない。例えば……良くて、悪かった場合などは、」 「ノエル」  遮るように姫様が口を挟んだので、わたしは全てを言い切ることができなかった。 「それに関しての悪かった場合っていうのは、あくまであたしたち視点の判断。問題は、当の姉さんがどう考えているかよ」  ポニーテールを揺らして浮かべられた笑みは、誰がどう見てもぎこちなかった。
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