16人が本棚に入れています
本棚に追加
ぬるくなったタオルを氷水でもう一度絞って冷やす。
「冷たっ。」
「冷やさないと腫れるもん。」
「肉はまだ?」
「今、常温に戻してるから。」
「そういやあいつ、駆け落ちがどうの言ってなかった?」
覚えてたか。
「浩輝と駆け落ちしようかなって心の声が漏れてたみたいで…。」
なんとなくごまかしてしまったが、浩輝がすごく嬉しそうな顔をした。
「ほんとに? 一緒に来てくれる?」
「…うん。決めた。」
浩輝がばっと抱きしめてきて、氷水の入った洗面器をひっくり返しそうになった。
私もタオルを床に落とし、腕を浩輝の背中に回す。
この腕の中が私の居場所なのだと、もう離れられないのだと心の底から思う。
そして昔のようにたくさんのキスをして、顔を近づけ笑いあった。
「柚葉、愛してる。」
「私も…浩輝を愛してる。」
その夜、浩輝が現れてから初めて同じ布団で抱き合った。
肌と匂いと思いが溶け合う。
頑張っておしゃれをしてもなんとなく自信が持てなかった私は、浩輝に可愛いと言われるたび抱かれるたび自信が持てるようになった。
だから、浩輝がいなくなった時、世界に意味がなくなった。
そして今、また世界に色がつき始め、動き出した。
私は私の人生を選んでもいいよね……?
翌日、会社で野崎さんと顔を合わせたくなかったが、野崎さんは休みだった。
さらにその翌日に出社した野崎さんは、なんだか魂が抜けたような顔をして、私と目を合わせないようにしている。
私は心の中で『どうか何事も起こりませんように』と願った。
最初のコメントを投稿しよう!