殺人犯と「いただきます」

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タレ目に色白でモデル体型、艶やかな黒髪の世間一般でイケメンと呼ばれる見た目の彼ーーー二十三歳の遠山陽介さんは私が持っていた仕事用の鞄を片手に持ち、もう片方の手は私が着ているスーツの上着を取る。 「それにしても、また今日も残業ですか。日本人は遅刻には厳しいくせに残業はいくらでもしていいなんて、笑えますねぇ。過労死なんて言葉、日本に来て初めて知りましたよ」 陽介さんはイギリスで生まれて、そこからあちこちの国を転々としていたらしい。日本人の両親の間に生まれたのだが、日本に来たのは十代後半の頃だったと彼がここに来てしばらくした時に話していたことを思い出す。彼は、名前も見た目も日本人だが、常識や考え方は日本人ではなく欧州の人に近い。 「過労死ラインは超えてないので、まだ大丈夫ですよ」 働いている会社は、決してブラックというわけではない。だがホワイトとも言えず、残業があることも珍しくない。今日は定時に帰れそうだったのだが、帰る直前になって部下がやるはずだった資料作成を任されてしまったのだ。仕方ない。 「そうは言っても、あなたが帰って来る時間が不規則すぎて、こっちは食事をいつ作ればいいかわからないんですよ」 遠山さんはそう言いながらリビングのドアを開ける。途端にふわりといい匂いが鼻腔を刺激する。疲れた、としか考えられなかった脳が「お腹が空いた」と騒ぎ始めた。
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