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夜中、静まり返っているホテルのエントランスにハイヒールの音が響く。
黄色い薔薇を持った深雪とすれ違ったホテルマンは顔色一つ変えず、立ち止まってお辞儀をした。
(こんな夜中に帰っていくのに、さすが高級ホテルね。いえ、あの人はこのホテルの常連だから、見慣れてるのかしら?)
目についたダストボックスに薔薇の花束を投げ込み、深雪は薄っすらと笑みを浮かべる。
ホテルの傍に停まっている黒いポルシェが一台。
助手席の窓をコンコンとノックし、扉を開ける深雪。
車内の煙草の匂いに顔をしかめ、膝の上にのせた自分のバッグを開けた。
「あら? 忘れてきたみたい。私にも煙草頂戴」
口に煙草をくわえた運転席の男が深雪をちらりと見る。
「煙草、嫌いなんじゃないのか?」
「他人が吸ってるのはね」
「我儘な女だな」
差し出された煙草を1本取り、真紅の唇の間に挟む。長い髪を耳にかけ、シュボッと音を立てたジッポライターに顔を近づけると、煙草の先端に赤が灯る。
「どうだった?」
「別れてきたわ」
「そうか」
男は煙草を消した。
「どうする?」
車の窓に映る自分を見つめながら、深雪は煙を吹く。
「もう、未練はないもの。要の情報を売るわ」
男はニヤリと笑い、車を発進させた。
《了》
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