5人が本棚に入れています
本棚に追加
夜景が見えるホテルで男は女を抱く。
傍らのテーブルには、黄色い薔薇の花束が無造作に置かれていた。
気だるげな様子で深雪はチラリと花束を見て、自虐的な笑いを浮かべる。
(女と別れる時は黄色い薔薇を贈るのだと聞いてたけど、本当なのね)
「お酒でも飲む?」
甘い笑顔を見せ、耳元で囁いた男に深雪は髪をかき上げながら、微笑んだ。
「そうね」
ルームサービスのメニューを手に取り、何にしようかと考える振りをする。
(このホテルで頼むものは決まっているけど)
この様式美の為に演技している自分が可笑しくてたまらない。
(女性が悩む姿、好きだものね)
深雪がそんな事を考えているとは知らず、男はベッドに腰掛け、柔らかい眼差しで、満足そうに深雪を見ていた。
誰が想像するのだろうか?
2人が別れる恋人同士だなんて。
メニューの内容をサラリと一通り流し、深雪はクスリと口角を上げる。
(いいえ……恋人同士でもなかったわね)
横川要……日本でも3本の指に入る大企業、横川コーポレーションの御曹司。
切れ長の目にサラサラの黒髪、優しく微笑む姿に夢中にならない女性はいない。
そして、人を愛さない男。
愛し合う者同士を恋人と呼ぶのなら、彼の恋人には一生なれない。
要はルームサービスで頼んだウィスキーのグラスを傾け、口に少しだけ含ませると、ゆっくりと飴玉を転がすように味わう。余韻を楽しみ、用意されたチェイサーを一口飲む。
美味しそうにウィスキーを飲む要の姿を深雪は微笑ましく眺めていた。
「君はこのホテルでは、いつもソルティードッグだね」
頬杖をつき、右手でソルティードッグを要の目の高さまで上げ、弄ぶようにグラスをゆらゆら揺らす。
「ここのソルティードッグ、ピンク色でかわいいの」
ふふっと笑いながら、グラスの縁の塩をちょろりと舐め、コクンと喉を鳴らした。酸味と甘みと塩気が混ざり合ったソルティードッグは深雪の口の中で、カクテルとして完成される。
「ピンクグレープフルーツを使ってるから、普通のソルティードッグより甘さもあって、美味しいわ。貴方はいつもバーボンね」
「ウィスキーはバーボンに限るよ」
「ふうん」
暖かみのある橙色の間接照明の明かりが2人を包み、沈黙が続く。要は深雪の顎を上げ、優しく丁寧に口づけをした。
少し焦がしたようなバーボンの特徴のある香りが深雪の鼻腔をくすぐる。
この香りともお別れなのね。
「最後……ね」
深雪がポソリと口から漏らすと、少し複雑な表情をした要は、テーブルに置いてあった黄色い薔薇を黙って差し出す。
黄色い薔薇の花言葉『薄らぐ愛』
薔薇の花束を片手に、振り返らず扉に向かう深雪を黙って見つめる要。
扉が閉まる無機質な音が静かな空間に響いた。
最初のコメントを投稿しよう!