The last night

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 夜景が見えるホテルで男は女を抱く。  傍らのテーブルには、黄色い薔薇の花束が無造作に置かれていた。  気だるげな様子で深雪はチラリと花束を見て、自虐的な笑いを浮かべる。 (女と別れる時は黄色い薔薇を贈るのだと聞いてたけど、本当なのね) 「お酒でも飲む?」  甘い笑顔を見せ、耳元で囁いた男に深雪は髪をかき上げながら、微笑んだ。 「そうね」  ルームサービスのメニューを手に取り、何にしようかと考える振りをする。 (このホテルで頼むものは決まっているけど)  この様式美の為に演技している自分が可笑しくてたまらない。 (女性が悩む姿、好きだものね)  深雪がそんな事を考えているとは知らず、男はベッドに腰掛け、柔らかい眼差しで、満足そうに深雪を見ていた。  誰が想像するのだろうか?  2人が別れる恋人同士だなんて。  メニューの内容をサラリと一通り流し、深雪はクスリと口角を上げる。 (いいえ……恋人同士でもなかったわね)  横川(よこかわ)(かなめ)……日本でも3本の指に入る大企業、横川コーポレーションの御曹司。  切れ長の目にサラサラの黒髪、優しく微笑む姿に夢中にならない女性はいない。  そして、人を愛さない男。  愛し合う者同士を恋人と呼ぶのなら、彼の恋人には一生なれない。  要はルームサービスで頼んだウィスキーのグラスを傾け、口に少しだけ含ませると、ゆっくりと飴玉を転がすように味わう。余韻を楽しみ、用意されたチェイサーを一口飲む。  美味しそうにウィスキーを飲む要の姿を深雪は微笑ましく眺めていた。 「君はこのホテルでは、いつもソルティードッグだね」  頬杖をつき、右手でソルティードッグを要の目の高さまで上げ、弄ぶようにグラスをゆらゆら揺らす。 「ここのソルティードッグ、ピンク色でかわいいの」  ふふっと笑いながら、グラスの(ふち)の塩をちょろりと舐め、コクンと喉を鳴らした。酸味と甘みと塩気が混ざり合ったソルティードッグは深雪の口の中で、カクテルとして完成される。 「ピンクグレープフルーツを使ってるから、普通のソルティードッグより甘さもあって、美味しいわ。貴方はいつもバーボンね」 「ウィスキーはバーボンに限るよ」 「ふうん」  暖かみのある橙色の間接照明の明かりが2人を包み、沈黙が続く。要は深雪の顎を上げ、優しく丁寧に口づけをした。  少し焦がしたようなバーボンの特徴のある香りが深雪の鼻腔をくすぐる。  この香りともお別れなのね。 「最後……ね」  深雪がポソリと口から漏らすと、少し複雑な表情をした要は、テーブルに置いてあった黄色い薔薇を黙って差し出す。  黄色い薔薇の花言葉『薄らぐ愛』  薔薇の花束を片手に、振り返らず扉に向かう深雪を黙って見つめる要。  扉が閉まる無機質な音が静かな空間に響いた。
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