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彼は人生において、労働を禁止していた。単純に働くのが嫌いだったのである。
だから自分の祖父が亡くなり、遺産分配としてその土地を渡されそうになった際も、彼は最後まで土地なんかではなく金をよこせと懇願していた。
単に売れば金は手に入るだろうが、それに伴う作業すらめんどうくさい。それに彼は何ら不動産等に関する知識は持ち得ていなかったものの、彼の金に対する嗅覚は、その土地が仮に売れたとしても大した金にはならないことをしっかりと嗅ぎとっていた。
だがこれまでまともに働いたことも無い彼の立場は弱く、結局土地だけを押し付けられる形となった。
「結論として、神社をやろうと思うんだよ」
彼は唯一の友人である男と酒を呑みながら、そんなことを切り出した。
「神社?どうしてまた」
「よく考えてみろよ。神社の看板下げて賽銭箱置いとくだけで、勝手に金が入ってくる。神社ほど楽な仕事あるか?」
「けどお前それ、何も奉らない訳だろ?」
「奉るわけないだろ。なんとか神社って名前付けるだけ。そうすりゃ勝手にやって来た参拝者が金落として帰る」
「それって違法じゃないのか。詐欺だろ」
「いや、聞くところによると、神社ってのは勝手に作ったっていいらしい。それに存在しない神を掲げるなんてのは、全国各地ありとあらゆる神社がやってることだろ?」
そうして彼は空っぽであった土地に簡素な社を建てると、その前に賽銭箱だけを、土地の入り口には神社の看板を設置した。
この神社に奉られている神は、五穀豊穣、商売繁盛、無病息災、悩みや望みなど、訪れた人々の抱えているもの全てを好転させてくれる。勿論全て嘘っぱちである。
たまたま通りがかった人が参拝していくのだろう、賽銭箱には少なくとも毎日百円程度の賽銭程度であれば投げ入れられているのだった。
さらには賽銭箱の横に一回百円のおみくじも設置してみると、そちらも毎日数回ずつは引かれているようだった。
彼はそれだけで割と満足であった。何一つ働かなくても、毎日一、二本の缶ビールが手に入る。それだけで割に充分だった。
しかし彼の前に予想外の人物がやって来た。それは彼の神社の近くに建つ、別の神社の神主だった。
「どうやらこの神社に、私達の参拝者が流れていっているようで」
「そう言えば名前がよく似ていますね」
それも全部わざとだった。彼は神社の名前を名付ける際、近所にある中々栄えた神社の存在を知った。つまり彼はその神社目当てにやって来た人々が勘違いしてこちらに流れてこないかと、わざとよく似た名前を付けたのだった。
そしてその狙いは見事にうまくいき、参拝客をいくらか強奪することに成功していたのである。
「私達もあまり大事にはしたくない」
「おおごとに?」
「しらばっくれなくても分かるでしょう」
その神主はあまりに簡素な神社を見回し、そう呟く。
「偽物でしょう、この神社は」
「まさかそんな」
「こんなものに騙される人達がいるのも驚きですが、やるのであればせめてもっときちんとしたものを建てるべきかと」
「別にどんな社や鳥居を建てようが、建てなかろうが、それで神社の働きが変わるとは思えません」
「こんな神社にはなんの神もいないでしょう!」
「あなたがどう思おうが勝手だが、どの神社だって同じでしょう!」
次第にヒートアップしていく二人であったが、彼らの会話は水掛け論の域を出ることは無かった。
そして神主がもう帰ろうかと立ちあがった時、その存在は彼らの目の前に現れた。
「あのー、すみませんが」
一見ふくよかな身体と髭を蓄えた老人だった。だがその老人がまとう空気感は、彼らに何か特別な存在を感じさせるようだった。
「参拝の方ですか、こちら賽銭箱です」
すぐさま彼が促すも、老人の様子を見るにどうやら参拝ではなさそうだった。
「もしかしたら神社の場所を勘違いしているのでは?もう少し歩いたところにもっとちゃんとした本物の神社があります。きっと目当てはそっちでしょう」
神主のその言葉に、イラついた彼は肩を軽く殴る。
「痛いっ!いや、ですがこんな適当で安っぽい神社とは違ってもっと立派ですよウチの神社は」
「ということはこの近くには神社が二つあるわけですね。困ったな」
老人はゆっくりと腕を組み、唸る。もしかすればこの老人は多額の寄付や寄進を考えているのではないか、そう思った彼はゆらゆらと、お悩みならばこちらにと老人にすり寄る。
「いやいや、寄付とかではないのです。かくいう私、神でして」
「……神?」
彼と神主は揃ってぽかりと老人を見る。
「前まで住んでいた神社が無くなってしまいましてね、新しい神社を探していたわけです。……あららその表情はやはり、とても信じられない?」
「はあ」
二人はまた揃って頷く。自分を神などと、随分とボケた老人だと思った。
「では雨でも降らせてみましょうか、ほれ」
老人が手を天にかざすと、その瞬間、奇跡のようなそれは起きた。空は快晴だったにも関わらず、大粒の雨が一気に降ってきて激しい音と共にみなを濡らす。彼と神主が焦って屋根の下に駆け込むと、既に雨は止んでいた。変わらずそこに立つ老人は不思議と少しも濡れておらず、見ればまた天を指さす。
「綺麗なものです」
老人の指さす空を見上げると、そこには鮮やかな光彩を魅せる虹がかかっていた。
茫然と彼と神主は立ち尽くした後、思い出したかのように二人は老人に駆け寄る。
「是非ともうちに!」
「いやいやこんな貧相な神社などもってのほか!ウチの方が住み心地はいいでしょう!」
「ここだってここからいくらでも改築改装繰り返します!むしろここからあなたの理想通りの住処が作っていけると思えば、こちらの方が伸び代は十分でしょう!」
彼は一切としてひるまなかった。なにせ目の前にいるのは本物の神様である。神がいるとなればそこは正真正銘神社になる。まさかニセ神社が、本物の神社へと成りあがれるチャンスが転がってくるとは。マジ神社であればもっと堂々と、参拝者に対する集金も行えるだろう。
「ではこうしましょう。今から私、変わりばんこにあなた方の神社にお邪魔させていただきます。そしてより居心地の良い方を新しい私の居場所として、決めさせてもらいましょう」
こうして二つの神社のもてなし勝負が始まった。
先攻はそのまま彼の方となった。彼は急いで買い出しに出かけると、可能な限りの料理や酒を神の前に並べて見せる。今のままの社ではとても勝てないだろう。だからありったけの酒池肉林を神に差し出そうと考えた。
「こんなものでよろしかったら毎日でもやりましょう」
毎日そんなことが出来るわけがなかったが、ひとまず住処をここに決めさせてしまえば、あとはどうにでもなるだろう。
神はまるで無限の胃袋を持っているようだった。むほほ、むほほと喜ばしい声色を漏らしながら、次から次へと、料理や酒をあっという間に平らげていってしまう。彼はすぐにまた補充に走ったが、結局一晩中それは続いた。神の体躯からはとても考えられぬ量が消えた。
だが神の表情を見れば、なかなかうまくやったようである。
続いて神は神社を移る。不安のため彼もそれについて様子を見ることにしたが、その神社にたどり着いた途端、彼は絶望を感じるのだった。
それはあまりにも神社らしい神社と言って差し支えない立派なものであり、とても敵いそうになかった。さらには神の前に並べられていくもの達も、格段にレベルが違った。おそらくは料理人でも雇ったのか、作りたての美味そうな料理や、高級酒がそこには並ぶ。これは、これはと神は嬉し気に食べていく。神主を見れば、勝ち誇ったような顔を彼に見せる。
そして彼は覚悟を決め、神に懇願した。
「頼みます、もう一度どうかチャンスをください。もう一度、ウチの神社を訪れてください。これまでのもてなしが霞んで見えるほどのものを用意しましょう」
「待て待て、そんなこと許されるか」
そう言う神主を彼は裏に連れていく。だが彼は神主に向かい、言い放った。
「ここがニセ神社ってことをばらしたっていいんだぞ?」
「……な、なにを言ってる。ニセ神社はお前のとこだろう」
「じゃあなぜお前はあの神を求めてる?もしここが本物だったら、既にもう別の神が祀られているはずじゃないか」
「ええい黙れ!」
神主のその顔は図星に見えた。
結局彼の望みは了承された。彼は全力を尽くすことにしたのだった。可能な限り借金までして、僅かなコネを使って料理や酒を取り揃え、それこそ敵神社に負けないほどのもてなしを、神に捧げたのだった。
だがそれを全て胃袋に収め終え、では一度帰って熟考をと、神社を後にした神は、もう彼のもとに戻ってくることは無かった。
数日後、彼のもとにあの神主がやって来た。負けた俺を嘲りにでも来たのだろうと彼は思ったが、神主の顔にはそんな嘲笑の気配など微塵も無く、そしてぽつりと、「悔しいが今回は負けたよ」と呟いた。
「は?神様はお前のとこだろう?」
「馬鹿言え、あれからここには来てないぞ」
「じゃあどこに?」
二人の間をしばらく沈黙が満たした。
「……やられたか」と神主はまた呟く。
「やられた?」
「やられたんだよきっと俺らはまんまと。あのじじいはニセ神様で、俺らはたっぷり貢がされた」
二人は項垂れるほか無かった。
そんな二人を、あの老人は遥か彼方の空の上から見下ろしていた。
「ニセ神社なんて不届き不届き。これで少しは懲りてくれたかな?」
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