さいごの一服

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 彩佳の心配事というのは、いかにしたら、禁煙することができようか、である。彩佳は喫煙歴12年、あっと、計算が合わない。対外的には8年にしておく。1日2~3箱は欠かせない超のつくくらいのヘビースモーカーだ。このタバコを、結婚を機に止めようというのである。もちろん、結婚したからといって、タバコを止めなければいけないルールなど何処にもないし、達也がそれを求めているわけでもない。  実は、ふたりの“愛の巣”となる、宮崎駅にほど近い賃貸マンションは、“全館禁煙”となっているのだ。ベランダで一服するホタル族も認められていない。では、愛煙家はどうするのか。建物の外、駐車場の片隅に確保されている、屋根も囲いもない“野ざらし”状態の喫煙エリアを利用することになる。南国であるが故、雨は多いし、台風が接近する頻度も本州よりは高いだろう。雪に見舞われることは極めて少ないにしても、冬はそれなりに寒いはずだ。しかも、入居するフロアは、よりによって4階である。1階まで降りて、屋外に出て、最悪の場合、雨風を切り裂いて、傘を片手に喫煙所に向かうことはかなりハードルが高い。そこまで大変な思いをするのであれば、そもそも身体に良いものでもないし、いっそうのこと、やめてしまえ、と考えたのである。もちろん当初は、タバコが吸える物件を探していたのだが、立地、間取り、賃貸料、環境、そして住み心地など、なにひとつとっても、ふたりの理想といえる条件を満たした物件が奇跡的に空いていたため、唯一、彩佳の意向に沿わないが、喫煙を犠牲にするしかなかったのである。
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