さいごの一服

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 勢いにまかせて思い切った決断をしたものの、日々、50本前後も吸っていたタバコを、ある日いきなり絶つのは容易なことではない。彩佳は、過去に一度だけ、禁煙を試みた経験がある。青森と宮崎といった遠距離交際におけるデートの場所は、もっぱら東京であり、その交通費は決してバカにならない。まだ若いふたりに、時間はあってもおカネは乏しかった。デートの頻度を増やすために、長距離高速バスを利用して交通費を節約することは不可欠である。しかし、昨今の公共交通機関は、例外なく全面禁煙で、移動中は長時間にわたって喫煙の制限を余儀なくされる。そもそも、月のタバコ代は旅費3~4回分にも相当し、タバコを絶てば、毎週毎週逢うことも可能ではないかと考えたのだ。  とはいえ、事はそう簡単には運ばない。タバコを控えてから2日目、早くも“禁断症状”が現れた。精神衛生上、好ましいことではないと判断した彩佳は、あっさりと禁煙を断念する。それでも当初はそれまでの半分程度にとどめていたが、少しずつ少しずつ、本数が増えていき、それから1週間で、あっとという間に元の本数に戻ってしまっていた。  禁煙がいかに難しいか、身をもって経験した彩佳は、式の日取りなど大まかなスケジュールが決まると、その日から、少しずつ少しずつ、本数を減らしていき、最終的に新しい生活を始める日までには「ゼロ」にしようと計画していた。しかし、どうしようもなく意志が弱い。なかなか重い腰を上げることが出来ず、“明日から、明日から”と先延ばしを繰り返し、結局何もしないまま、とうとう今日(こんにち)まで来てしまった。
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