宇宙人にも人権を!

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 その宇宙人は地球人の姿形をしていた。  けれどその宇宙人はどろりと溶けて、本来の姿形を地球人にさらした。確かに肌の色や質感、細部の形は違えど、足や腕の数や、身体に対する頭部のサイズバランス、二足歩行であることなどに関しては地球人と変わらず、さらにはその宇宙人は地球の言語も流暢に使った。 「私は避難民です。元々の星にはもう住めず、この星へと辿り着きました。先ほどまでのように地球人を装い、ひっそりと生きていくことも選べましたが、やはり人としての仁義を通すというのがこの星の素晴らしき文化でしょう。そのため私はこうして、みなさんの前にこの身をさらす決意をしたのです」  その言葉と共に、宇宙人の姿は全世界に報道された。  このように宇宙人が地球人の前に現れるのは初めてのことだった。そのためその国の政府の上層部では、すぐに宇宙人を捕らえ、絞り取れる情報を全て絞りつくし、身体の構造なども隅々まで研究する案が上がったが、それはすぐにたち消えになった。こうしてこの宇宙人の存在が全世界に公にされた以上、そのような乱暴な行為を取ればすぐにバッシングや避難の嵐を受けることは目に見えていた。そうなれば政府の立ち位置からして危うい。宇宙人のその行為は、それが意図されたものかは定かでは無いものの、国の政府の動き方に対する、ある種の牽制に他ならなかった。 「保護?いいえそこまでして頂かなくても平気なのです。私の知りうる限りの情報であれば、好きなだけお教えしましょう。その代りに私にどうか、どうかこの星に住んでもよいという許可、権利を与えてほしいだけなのです。自分の正体が万が一ばれてしまえばどうなるのかと、びくびくと怯え続けるのにはもう限界でした。私が唯一望むのは人権、ただそれだけなのです。すればみなさまと同じように働き、同じように税金を納め、つつましく生きていきます。どうか、どうかみなさま、私に人権を!」  宇宙人に人権を与えてもよいものかという議論が始まった。  だがそんな議論も、すぐに終わってしまうのだった。  その宇宙人の、よく見てみればなんだかコミカルで可愛らしいその風貌に加え、自分の境遇を訴えかけるその演説は人々の同情を少なからず誘った。さらには既に世界各地で、宇宙人の人権を求める団体や活動が現れ出しているのだった。  また政府の頭にあるのは、近く控えた次の選挙である。ここで下手に難渋を示すよりも、その宇宙人に寛容で友好的であることをアピールした方が、過半数以上の人々の支持を集めることが出来るのは明白であった。たった一人の宇宙人に人権を与える。ただそれだけでいいのである。  そうと決まると速やかに宇宙人の人権、および戸籍等のあらゆる権利が与えられた。宇宙人は紛れも無い、その国の国民となったのである。  そしてその時を境に、その国では次から次へと現れ始めた。これまで姿を隠していた同様の宇宙人たちである。  彼らもまたどろりと地球人だった外見を溶かすと、堂々とその身を人々にさらし、声を上げた。 「実は私達も同じように避難民なのです!偶然同じこの地球に辿り着きました!どうか!どうか私達にも人権を!」  人々の巨大な賛同を受け、既に前例が出来上がってしまっていることだった。故に彼らもまた人権を手に入れ、紛れも無い国民へと成り変わる。家を借り、町を当然のように闊歩する宇宙人達は、主に肉体労働に従事し、税金を納め、スーパーで買い物をして物を食い、服を着て、夜になれば眠った。宇宙人たちの筋力は、地球人よりもはるかに強力であり、肉体労働であれば働き口にも困らなかった。  そうして宇宙人たちは、地球人たちの社会に同化していくのだった。  そうしながら宇宙人たちは、次第に数を増していった。地球人の姿から元の姿へとどろりと溶け変わった者、話を聞きつけ、新たに地球へとやって来た者、さらには生殖によって新たに産まれた者など様々だった。  ある時、彼らはみな揃って、移動を始めた。大規模な移動では無い、国内のある一点の地域に、宇宙人たちは集合し始めたのである。  そこは国内で最も人口の少ない町だった。宇宙人たちは正式な手続きに則り、その町に籍を移し替えていた。  そしてその中の一人が、町長に立候補した。  地球人の想像を超えるほど、既に数を増していた宇宙人たちは、その町の過半数に簡単に達している状況だった。よってその宇宙人は、どこまでも合法的に当選し、その町の町長となった。  宇宙人たちはその町に集まり続けていた。その一方で、増え続ける宇宙人たちに圧を感じたのか、地球人たちは町を出ていく。そうしてあっという間にその町はほとんどが宇宙人だけで構成された町となり、宇宙人たちは自治を始めるのだった。  それと同時に、その宇宙人たちの寿命は、地球人たちと比べて圧倒的に長いことも明らかになった。繁殖能力も高く、どうやらこのままでは爆発的にその数を増していくだろう予測は簡単に立った。  宇宙人たちを地球から追い出そうにも、人権のある者たちを半ば無理矢理宇宙へと締め出すことなど出来るはずもない。それに宇宙人たちは法律の類を侵したわけでもない。ただ自由意思により移住し、集まり、ルールの通り町を手に入れただけだった。  そしてどうやら彼らは、徐々に町の拡大を図り、次には他の町、地域へとその手を広げ、最終的には宇宙人だけの国を手に入れようと考えているらしかった。 「このままでは地球がやつらにのっとられてしまう!」 「じゃあどうする?現時点でやつらには何一つ非は無い!あるとすれば軽率に人権など与えてしまった我々じゃないか!それさえ無ければ、豚や牛と同じように、家畜同然の処理すらすることができた!」  宇宙人たちがまだ、小さな町でくすぶっている間に、なんらかの動きをみせたいのは山々だった。だがその度に地球人たちの頭の中で響くのは、いつかの宇宙人の演説の、その一節である。 「もし地球のみなさんが我々をもっとずさんに扱っていたら!どうだったでしょう!他星の住民たちに理解もみせず、手も差し伸べない、なんて粗野で粗暴で危険極まりない星だと!そんな様を我々以外の星の住民たちも思ってしまっていたかもしれない!そうなれば恐らくはそれらの星達からの侵略や攻撃をもろに喰らっても文句は言えなかった!けれど地球の人々は!我々に非常に優しくしてくれた!こんなにも友好的かつ思いやりに溢れた星に、果たして誰が手を出せましょう!」  宇宙人たちはそんなことを何度も何度も繰り返していた。 「仮にやつらに攻撃でもしたとして、勝てる保証も無いだろう!始めこそ友好的な顔をしていたやつらは、結局何一つ役に立つ情報をよこさなかった!俺達が欲しかったのはやつらのように他星から簡単に他星へと飛んでいける技術や、他星とも何一つ不自由なく会話を可能にする言語解析能力それだろう!」 「じゃあどうする!」  じわじわと勢力を広げ続ける宇宙人たちに対して、どんな手を打つか。そんな話し合いがまとまることは決して無かった。  政治家に専門家、活動団体の幹部や新聞記者、出版社、時折彼らの中から役割を終えた者が、どろりと溶けだし、元の姿へと戻ることがあった。  いつの頃から彼らが地球に紛れていたのかは分からない。彼らが本当に避難民であるのかも分からない。そして彼らがあと何人、この星に紛れ込んでいるのかも分からない。  その頃になるともはや他の国でも、彼ら宇宙人が現れるようになる。彼らは器用に、選挙の仕組みが採用されている国だけを選びとって現れるのだった。  彼らの拡大を恐れ、やけになり攻撃が開始されそうになることもあったが、それらも全て決行の前段階で止められた。その理性的な説得にあたっていた人々も、おそらくは姿かたちを装った彼らだった。  それが一滴の血すら流さぬ、平和的な侵略であったと人々が気づいた時にはもう、随分と手遅れだった。
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