異常事態

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目の前に横たわるラースが、穏やかな寝息を立てていることにホッとする。 カノンの隣に立つ鳥人侍女たちは、何度も良かったと口にしながら涙をこぼしていた。 「本当に、本当にありがとうございます……ギルバート様……!」 全身に傷を作り、疲れた顔をしたギルバートは、しかしその言葉に「ああ」と微笑んだ。 「俺にとっても、ラースは大切な存在だ。 本当に―――間に合って良かった」 ギルバートの持ち帰った治療薬は、すぐにラースに投与された。 その結果、ラースは瘴気の苦しみから解放されることができた。 狂化寸前にまで陥った分、回復にも時間はかかるようだが、数日もすれば目を覚ますだろうということだった。 竜化した際には、この国で一番早くのだという飛べるギルバート。 しかしそれでも、フォーゲルまで行き来するには時間が足りなかった。 そこでギルバートは近隣国に出向き、短時間での交渉の末、治療薬を譲り受けることに成功した。 そうして、ラースの元に無事治療薬が届けられたという訳だ。 けれどかなり無茶な飛び方をしたようで、ギルバートの身体中は傷だらけになり、顔色だって随分と悪い。 「……おっと」 座っていた姿勢から立ちあがろうとしたところで、僅かにふらついたギルバートの体をカノンが支える。 「カノン」 カノンと目が合うと、ギルバートは少し困ったように微笑んだ。 「君にも心配をかけたな。すまない」 そう言って、カノンの瞳にたまった涙を優しく指で拭う。 (良かった……本当に、良かった) そうしたら、もっと涙が溢れてきて。 カノンは泣き笑いのような表情で、ギルバートと見つめ合うのだった。
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