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「ねえ、カノンの淹れた紅茶が飲みたいな」
そんなリクエストに応えて、カノンはラースの元に紅茶を運ぶ。
そうしたらやっぱり同じテーブルに座るように促されて、ラースと向かい合って腰掛けた。
紅茶を一口飲んだラースが「美味しい」と柔らかく微笑む。
「こうして一緒に過ごすのも、あと少しになるね」
(そっか、あと少し……)
予定通り、ラースはもう間も無く帰国することが決まっていた。
だからカノンがラースの侍女を務めるのも残り僅かな間。
こうして向かい合ってのティータイムなんて、これで最後かもしれない。
「ねえカノン、これは1つの提案なんだけど」
早くも物寂しい気分になっていたところにかけられた言葉に、カノンは顔を上げる。
「俺と一緒に来ない?」
(……え?)
思いもしない言葉に、目を瞬かせる。
『私が……フォーゲル国にですか?』
「そう。
何度か見ていて思ったけれど、歌姫様はカノンに対する当たりが相当強いよね?」
ルーシーがカノンに辛く当たっていることは噂になっていたし、ラースにもその現場を見られていたのかもしれない。
カノンはずっとルーシーに虐げられ続けてきた。
「それに、彼女が腐っても歌姫である限り、ギルバートとは切っても切れない縁で繋がれていることになる。
それをそばで見続けないといけないなんて、辛くない?」
(この人には、私の気持ちなんてお見通しなのかな)
見透かすような目で、じっとカノンを見つめてくるラース。
”ギルバートに愛されなければ、歌姫なんてやる必要がない“とまで言い放っていたルーシー。
そんなルーシーは、ギルバートの隣にあり続けるのだろう。
カノンはギルバートへの想いを抱えたまま、そんな2人の姿を見続けるだけ。
ギルバートが優しくしてくれて、名前を呼んで、微笑んでくれて。
自分は“特別”なのではないかと、自惚れそうになることもあった。
けれどきっと、カノンはそれ以上になれない。
「フォーゲルに来たら、カノンをいじめるヤツなんていない。
連れていくからには、辛い思いはさせないって約束するよ」
(でも……それでも、)
この国には、ニアを始め良くしてくれた竜人侍女たちがいる。
せっかく仲良くなれた彼女たちと、これからも共に働いていたいと思う。
それに何より……ギルバートのそばにいたい。
だから―――
『私は、この国に残ります。
辛くても、少しでもギルバート様のそばにいたいと思うんです』
愛しい人が治める国に、生きていきたいと思うのだ。
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