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この返還協定から二十年経った一九九五年、自分はオルディス警視庁公安部公安二課から、このマルドゥース州へと出向していた。
今の名前はジェイク・エイブリーだった。肩書はレストラン『シーマンズ・キッチン』で働くホールスタッフ。だが、それは自分の本当の任務であるマルドゥース青年労働連合、通称『青労連』を監視するための仮の姿に過ぎない。
青労連は州内の労働組合の一つだが、左翼的思想に傾倒している者も多く、アノルカの軍属といざこざを起こすことがあった。自分に与えられた任務は、青労連内部に協力者(*1)を作って監視し、それを課長に報告することだ。
この任務に就いてから約二年の間、自分の本当の名前であるレオン・ウェルズを名乗ることは一度もなかった。偽りの経歴と偽りの名前を使い続けていると、時折、自分がオルディス警視庁公安部公安二課の警部補だということを忘れそうになることがある。
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協力者(*1):情報提供者のこと。捜査協力者の頭文字を取ってエスと呼ばれる。
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