真実の結末

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父の登場に、軍服マント、烏帽子男、袴三つ編みはそそくさと壁の中に入っていった。 ”私一人のとき以外は姿を見せない、話しかけない” というルールを守ってくれているのだ。 もっとも、このルールは ”私が文哉、天乃くん、南先生以外の人と一緒にいるときは姿を見せない、話しかけない” と改訂されていた。 さらに言うなら、最近は彼ら(・・)のうちの誰かと出かけることもあったりして、そんなときはこのルールの適応外となっていた。 どうやら、音弥に頼まれていたらしく、私の帰りが遅くなるときなんかは決まって誰かがついて来たり迎えに来たりしていたのだ。 心配性なのは彼ら(・・)共通だった。 けれど父には彼ら(・・)の姿が見えていないはずで、今の私は、雪を見ながらひとりで喋っているように見えたのだろう。 それについて下手に追及されてもややこしいので、私は話が戻らないうちに強制的に会話を進行させた。 「仕事、ひと段落ついたんだったら、お茶でも淹れようか?」 「いや、ちょっとお手洗いに行くだけだから。部屋を出たらあまりに寒くて羽織るものを取りに戻りかけたんだけど、ふとピアノの音が聞こえてないのに気付いてね。なんとなくこっちを見まわしたら芽衣がいたから、何してるのかと思って。芽衣は寒くないかい?」 「さっき窓を開けたときはさすがに寒かったけど、今は平気」 「それならいいけど、僕はちょっと寒いかな」 父は大げさに肩を震えさせて、ストーブの前に屈んだ。 ジジジジ……ボッ、と鳴ったあと、暖かい空気がゆらりと漂いはじめる。 「私、この音結構好きなんだよね」 雪景色観賞は小休止して、私は父の隣に膝をつきストーブに両手をかざした。 「僕もだよ。……ああでも、家の中で流れてるピアノの音にもいつも癒されてるよ」 いくら防音してあるといっても、家の中には幾らかは漏れるのだ。 あの日、音弥と二度目のさよならをした私は、改めて自分がピアノを好きだということを思い知った。 決して音弥に促されたせいではなく、本当にただ自分の気持ちに従って、またピアノを弾きたいと願ったのだ。 そう伝えたとき、父も母も大賛成してくれた。 母は少し涙ぐんでいたかもしれない。 文哉も大喜びしてくれて、私は家族全員の応援を受け、自分の将来を見据えることができた。 そして、自分の心と向き合った末、大学中退という選択に至ったのだった。 とは言え、それはネガティブなものではなくて。 ピアノにしっかり取り組むためには必要な選択だったのだ。 趣味の範囲でいいから弾いてほしい、音弥は私にそう言い残したけれど、私は自分自身の意志で、もっともっとピアノと関わりたいと思ったから。 だけど、自分に演奏家としての才能がないことはすでに承知しているし、目指そうとも思わなかった。 ただ、音弥が私のピアノは人を楽しませると言ってくれたから、私は、ピアノが、音楽が楽しいものなんだということを人に伝える仕事がしたいと思ったのだ。 特に、私が音弥と比べて自分には才能がないと逃げてしまったように、物事の分別がつきはじめた時期の子供たちに、上手い下手は関係なく、ピアノや音楽の素晴らしさを教えたかった。
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