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私は何度も何度も頷いた。
何度も何度も涙があふれそうになってきたけど、そのたびに何度も何度もこらえた。
泣いたりしたら、きっと音弥を心配させるから。
「よかった。それを聞けて安心したよ」
音弥は言葉の通り、ホッと息をついた。
「でも…そうだよね、あのときとは、姉さんの周りは…もちろん姉さん自身もだけど、あのときとは全然違ってるんだから、もう心配はいらないんだろうね。この人達もいるし、文哉だって、この数か月でずいぶんしっかりしてきたし……」
「文哉に会ったの?」
「うん。実はさっき姉さんが眠ってる間に、文哉の様子を見てきたんだ。一方的にだけど。文哉の近くにはあの小学生の男の子がちゃんと見守ってくれてたし、心配はなさそうだったよ」
「じゃあ、文哉とは話してないの?」
「二度目のさよならは、文哉にはまだ酷すぎると思うから」
「そんな……」
文哉にも最後の別れを…そう言いかけるも、音弥の判断が正しいことは、私自身が立証していた。
だって私は、一度目よりも二度目の別れを知らされたときの方が心を痛めつけられたから。
もう二度と会えない。
受け入れなくてはと決心した今も、それは到底納得できそうにもなくて。
事情をすべて把握している私でさえこんな状態なんだから、何も知らない幼い文哉だったら、きっと、もっともっと傷付いてしまう。
大切な弟に会わないということは、音弥の中で最大の愛情なのだ。
実際音弥は、私の前にも姿を現わすつもりはなかったという。
音弥は二度目のさよならの苦しみを、たった一人で味わうつもりだったのだ。
そうならなくて、本当によかった。
音弥を独りにしないですんで、本当によかった。
すると音弥が、「でも……」と何かを思い出したように口を開いた。
「姉さん、文哉は勘がいいから、もしかしたら俺のことを何か訊いてくるかもしれない。そうなったら申し訳ないけど、姉さんは何も知らないと答えておいてくれる?」
「………わかった」
「姉さんにばかり辛い役目をさせてしまって、ごめん」
「もう謝らないで」
「わかった。じゃあ姉さんも、もう泣かないで」
「泣いてなんかないわよ」
「そう?じゃあ俺の気のせいかな」
ぎりぎりのところで堰き止めているつもりだった私は、慌てて目尻に指をやる。
あふれ落ちる寸前だった雫がいくつか指の腹に乗ったけれど、これくらいは大目に見てほしい。
そんな思いで、音弥にはニコッと微笑んでみせた。
なのに、やっぱりあの二人がズズズッと鼻をすする音が響いて、私の意志を台無しにしようとしてくるのだ。
けれどクレームを言うつもりでそちらを見た私は、感情を吐露しているのが烏帽子男と袴三つ編みだけでないことを知る。
軍服マントが唇を噛み、天乃くんはあからさまに私から目を逸らした。
万葉集女王も神妙な面持ちで私と音弥を見つめ、目が合うと、柄の長い団扇で口元を隠してしまう。
唯一南先生だけが一切の表情を変えずに、じっと私と音弥を見据えていた。
それはまるで、私達の向こうにある何かを見透かしているかのようにも感じられて、少しだけ私達を囲む空気が張った気がした。
そしてその空気に呼応したかのように、音弥が南先生に告げたのだ。
「そろそろ、お願いできますか」
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