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ところが、私がピアノを持ち出したとたん、音弥は「ピアノか……」と、困ったように呟いたのだ。
私はとっさに食い下がった。
「もう音弥のピアノに嫉妬したりしないから。もちろん、体調だって崩したりなんかしない。どうしても、音弥のピアノを聴きたいの。事故の前からずっと、避けてしまってたから………お願い。もう一度、音弥の音を聴かせて?」
すると音弥は私越しのピアノを見つめ、切なげに目を細めて。
「……ごめん、姉さん。それはできないんだ」
「どうして?やっぱり、私にピアノを聴かせるのは心配?それとも他に何か理由があるの?」
音弥が実家でピアノを弾かなくなったのは、私に気を遣っていたせいだ。
でも今はもうそんなことする必要ないのに。
こうしてる間にも刻一刻と音弥との時間は残り少なくなっていく。
何か問題があるのならすぐさまそれを排除しなくては。
そんな焦りがとてつもない勢いで私に襲いかかってくるけれど、音弥は静かに首を振った。
「違うよ、そうじゃない。今の姉さんになら、俺だってピアノを聴いてもらいたいくらいだ。だけど………」
そう言って、音弥は私の横に腕を伸ばし、ピアノに向けた。
すると……
ス…ッと、音弥の長くて綺麗な指がピアノを通り抜けてしまったのだ。
「あ……」
それは、彼らがテレビのリモコンに触れられなかったときと同じだった。
「………でも、でも音弥は力が強いから、私には触れられるじゃない」
アリーナで私を抱きかかえてくれたとき、音弥は直接私に触れていたのだ。
烏帽子男は直接は触れずに、何らかの力で私を抱えていたのに。
けれどその疑問に躊躇なく答えたのは軍服マントだった。
『あら、アタシだってお嬢ちゃんの体には、触れるわよ?だけど、他の物には触れない。それはテレビのリモコンの件でお嬢ちゃんもよくわかってるんじゃないかしら?』
「それは……」
確かにそうだった。
軍服マントと万葉集女王はリモコンを握ることはできなくても、私の体には触れることができたのだ。
それはおそらく、二人の力が強かったから。
でも二人とも、私が手渡さない限り自力でリモコンに触れることはできなかった。
リモコン以外でも、私が手渡すと彼らもそれに触ることはできる。
けれど、まさかピアノを音弥に手渡すなんてできるわけもない。
私の音弥への最後の願いは、叶えられない………
諦めかけたそのとき、音弥が「でも、ひとつだけ方法があるかもしれない」と言ったのだ。
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