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「それ、どんな方法なの?」
この際、どんな方法だって構わない。
多少の無理ならやってみせる。
そんな勢いで音弥に食い気味に尋ねた私だったけれど、音弥からは思ってもいなかった条件が告げられた。
「姉さんとの連弾だったら、俺もピアノを弾くことができると思う」
連弾?
言うまでもなく、連弾とは一台のピアノを二人以上で演奏することだ。
でもどうして突然連弾なんて出てきたのだろう………そう訊きかけたものの、南先生の「なるほどね」という一言で、ハッとする。
彼らや天乃くんはまだ気付いていないようだけど、私は、さっきこのピアノ室の鍵を開ける際のことを思い出したのだ。
「その感じじゃ、姉さんもわかったようだね」
音弥からはすっかり困惑が消えていた。
「……わかったけど、それだったら、別に私は弾かなくてもいいんじゃ……」
私が触ってるものなら、音弥も触れる。
さっき私が取っ手を握ったら、音弥が鍵を開けられたように。
理論上は、私がピアノの一部に触れているだけでいいはず。
けれど音弥はその選択は一切受け付けなかった。
「確かに、姉さんが触ってる物に俺も触れるんだから、姉さんはピアノに手を添えてるだけで問題ないのかもしれない。でもそれなら、俺は弾かない」
「音弥……」
「俺だって、最後に姉さんのピアノを聴きたいんだよ」
最後に………
そうだ、きっとこれは、音弥のピアノを聴ける最後の機会なのだ。
これを逃せば、もう永遠にその音は聴くことはできない。
私に躊躇うことは許されなかった。
「………わかった」
『え、ほんならお嬢ちゃんのピアノが聴けるん?やった!めっちゃ嬉しい!』
『Oh、サプラーイズ!サウンズグーッ!』
『あらまあ、やっとこのお家でピアノが聴けるのね。お嬢ちゃん、頑張って』
『我も楽しみだ。なに、気構えずに音を楽しむといい』
私の了承を音弥以上に歓迎する彼らに、なんだかくすぐったさや照れくささも感じる。
私はそうとバレないように、「でも何年も弾いてないから、絶対に期待はしないでね」と念を押してピアノの蓋を開いた。
カタン、と懐かしい音がする。
昔は何てことはない日常の音だったのに。
やがて私の世界から消えてしまった音。
私は今、その封印を解こうとしている。
「………でも、連弾なんてほとんどしたことなかったし、私は音弥と違ってなんでも暗譜してるわけじゃないんだけど、曲はどうするの?」
なまり切っている指をストレッチしながら、椅子を座り直して音弥のスペースを作る。
音弥にはその仕草だけで通じたようで、スッと浅く腰掛けた。
自然と私が高音側、音弥が低音側のポジションになる。
そして私が鍵盤にそっと指を乗せると、音弥がトン、とCの鍵盤を押さえた。
ポ―――ン……
それは、実に数か月ぶりに聴く、音弥のピアノだった。
音弥は嬉しそうに鍵盤を見つめ、
「”猫ふんじゃった” がいい」
明確なリクエストを口にしたのだ。
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