真実の結末

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「猫ふんじゃったって………」 「それなら、一音残さず暗譜してるだろ?」 「でも私、連弾のスコアまでは知らないんだけど」 子供の頃、発表会で同じピアノ教室の子が妹さんと ”猫ふんじゃった” の連弾をしているのを見たことがある。 そのとき聞いた記憶では、連弾用にアレンジされた一般的に有名なスコアがあったはずだ。 ところが、音弥はそんなのは大した問題でもなさげに鍵盤の上で指を踊らせる。 「俺だって知らないけど、即興でどうとでもできるよ。姉さんはベースの ”猫ふんじゃった” を弾いてくれたらいい。速弾きでも、姉さん流のアレンジでもいいよ。俺が合わせるから」 自信たっぷりな言い草がちっとも嫌味に聞こえないのは、それだけのテクニックが音弥にあると知っているからだ。 私は、そんな弟と一緒にピアノを弾けることに、ワクワクしはじめていた。 久々の鍵盤の感触なのだろうか、音弥は嬉しそうに表情をゆるめると、制服の袖を引き上げて弾く準備をする。 私も両手の指を一度組んで、そっと解いた。 そして目の前の黒鍵に指を乗せたとき、音弥が言った。 「姉さん、俺がいいって言うまでずっと弾き続けて」 そのひと言で、私の胸はまた静かに締められた。 もとよりこの曲は何度か同じフレーズをリピートする形式だったけれど、私は音弥の言葉で直感したのだ。 ああ、きっと、音弥はこの曲が終わると同時にいなくなってしまうんだなと。 はっきり告げられたわけではないけれど、ピアノを弾きながらのさよならは、音弥にはぴったりなのだろう。 そんな瞬間、永遠に訪れてほしくはないけれど、私は泣かないと決めたのだ。 涙を閉じ込めるように目を瞑り、「わかった」と答えた。 そしてパッと見開き、姿勢を正すと、音弥に目配せをした。 音弥は小さく頷いた。 私も頷き返し、フゥ…と息を整えて。 「――――(ワン)(トゥ)(スリー)、」 私の掛け声を合図に、私と音弥の最後の連弾が幕を開けた。
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