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タタタン、タンタン
タタタン、タンタン
タタタン、タン、タン、タン、タン、タンタン
お馴染みの主旋律を弾く私の手先とぎりぎりぶつからないところでは、もうさすがとしか言いようのない音弥の即興対旋律がすらすらと生まれてくる。
でもテンポは完全に私主導で、音弥は有言実行、あくまでも私に合わせる演奏だ。
ピアノを習っていなくても弾ける人が多い、ごく単純な指使いの私とは違い、音弥の指は連符やトリル、ターンにアルペッジョ、細かな音を次々に奏でていく。
2周目からはその頻度が格段に増し、高音の主旋の私を邪魔しないように強弱をつけながらも、ポイントポイントでは主役を奪われかけてしまう。
連弾は競争ではないのに、私は音弥に負けてばかりではいられないと徐々にテンポをあげていった。
自分と音弥が比べものにならないことなど、とっくにわかりきっているのに、いざ弾きはじめると微かに自尊心がよみがえってくるようだった。
けれどテンポをあげただけではまだまだ足りなくて、今度は親指と小指を目一杯広げオクターブにしてみる。
何年も鍵盤を触っていないので指が硬くなっててオクターブに届くか不安はあったけれど、いざとなると体が覚えていた。
どんどんどんどんスピードをあげる。
私は、所々オクターブが上手く弾けずに隣の音と混ざってしまうけれど、音弥は一音だって遅れずに、さらに高難度の弾き方をこれでもかと披露してきた。
まるで私に見せつけるように。
私の記憶に焼き付かせるように。
それでいて、決して必死感は伝わってこない。
平然と、表情はいつも通りのクールだ。
でも音は華やかに跳ねて、くるくる動きまわる。
かと思えば、音弥はサッと立ち上がり、左手を鍵盤に残したまま私の後ろをまわって右手を高音に持ってきたのだ。
てっきりポジションチェンジだと思ったものの、左手が高音に移動する間際、指先の仕草でポジションキープを示される。
私は主旋律を弾き続けつつも少しテンポを落とし、音弥の出方を窺った。
けれどそんな配慮は無用だと言わんばかりに音弥はまた超絶テクニックで高音を鳴らしはじめる。
それは全く別の曲をアレンジしたもので、私の主旋律と意外なほどマッチした。
「―――っ!」
びっくりして指はそのままに音弥を見ると、音弥も私を見て、フッと唇が上がった。
楽し気に、嬉しそうな音弥。
ピアノの前では一度も見たことがないような、明るい表情だ。
私は子供の頃からの記憶のアルバムをフルスピードで捲ったけれど、こんな風に楽しそうにピアノを弾く音弥は、はじめて見るかもしれない。
年齢に見合わない技術と音をいとも簡単に奏でていた弟は、音色は情感たっぷりでも、常にいたって冷静な表情だったから。
その容姿と音のギャップがファンには支持されていたようだし、さっきまでは確かにそんないつもの音弥だった。
でも今の音弥は、全然違っていたのだ。
すると、
「ああ、やっぱり姉さんのピアノは楽しいな」
しみじみと、心底そう感じている面持ちで漏らしたのだった。
※…装飾音。主音に付け加えられる連続音。
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