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だから私は、音楽教師、もしくは、いわゆる ”ピアノの先生” を目指すべく、音楽科のある大学を受験し直すことにしたのだ。
まず最初にそれを報告したのは、ピアノ室の音弥だった。
もう何も返事は聞こえてこなかったけれど、音弥の反応は容易く想像できた。
それから、両親にも知らせた。
大学の入学金や前期授業料など、支払い済みの費用については将来的に返済するつもりだということも併せて告げると、二人とも、そんなこと気にする時間があるならレッスンに費やしなさい、そう言ってくれた。
そしてそこに至るまでには、音弥のことも、ちゃんと家族で話をした。
主治医として南先生にも相談しながら、両親を心配させない、不安を残さないように段取りし、少しのフィクションを混ぜながら、私の記憶が戻ったこと、事故のこと、音弥のこと、私の体調や気持ち、これからの治療について、可能な限りたくさんの話をした。
その結果、完全な回復という診断は先延ばしにし、南先生の診察は引き続き定期的に受けること、でも投薬は終了という形に収まった。
そもそも薬は私の記憶を操作するために処方されていたので、もう必要はなくなったのだけど、まさかそのままを両親に打ち明けるわけにもいかず、そこは南先生がもっともらしい説明で誤魔化してくれた。
そのあと、私は大学の友人にも報告し、大学の退学手続きを行った。
本格的なレッスンを再開したのは夏の終わり頃で、何年もブランクがあるのに音大受験したいなんて無謀な挑戦を受け入れてくれたのは、私と音弥が小学生のときにお世話になっていた恩師だった。
私はレッスンをやめてから疎遠になってしまっていたけれど、音弥とは事故の直前までずっと付き合いがあったようで、会うたびに私の話題があがっていたのだと、恩師は懐かしそうに笑った。
「音弥くんは本当に芽衣ちゃんのピアノが大好きなのね。また芽衣ちゃんのピアノが聴きたいってずっと言ってたわ」
久々にお会いした恩師から聞かされた音弥の想いに、私は唇を噛んで涙をこらえなければならなかった。
音弥が私に言っていたことは、お世辞でも慰めでもなく、すべて本心だったのだ。
「………ところで、芽衣も休憩かい?」
ストーブでだいぶ温まってきた頃、父はうーんと背伸びして立ち上がりながら訊いた。
「そんなとこかな」
私も立って、もう一度縁側の窓越しの雪を見やる。
「初雪が降ってきたよって、大学の友達から連絡があったから、ちょっと見に来たの」
「ああそうか、初雪か……。年取ると前のシーズンとごっちゃになって、新鮮味が薄れてしまうからいけないね。でも、芽衣が大学の友達とも連絡を取り合ってるようで、安心したよ」
「そう?」
「ピアノのためには仕方ないといっても、せっかくできた友達と離れてしまうのは残念だと思っていたからね。でも、芽衣には前の大学の友達とこれから進む道で出会う友達、両方いるんだと思えば、なんだか嬉しいね。友達が倍になるんだから」
父は、嬉しそうに目を細めた。
作家の父は、よくいろんな言葉をくれる。
事故の後は私のために顔を合わせないようにしてくれていたけど、記憶が戻ってからは以前にも増してたくさんの言葉をくれるようになっていた。
「………そうだね」
私は頷きながら、千春をはじめ大学で出会った友人たちを思い返していた。
その中には、天乃くんや、原屋敷さん、そして天乃 流星も含まれている。
天乃くんとは今も時々連絡を取り合っているし、南先生を通じて近況なんかも聞いている。
原屋敷さんは、千春からの情報だと、あれから大学を辞め、本格的にモデルの仕事をはじめたらしい。
それに加えて天乃くんが言うには、彼女は南先生の監視のもと、祓い屋の助手に格下げになったそうだ。
そして天乃 流星は…………私の知る世界からは、完全にその存在が消えてしまった。
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