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あのあと、大学内から天乃 流星の姿は消えた。
それは不自然なほど自然に、その存在が何事もなかったかのように抹消されていたのだ。
あまりにも当たり前のように流れる彼のいない世界をすぐには受け入れられず、私は千春や友達と話してるとき、ふと天乃 流星の名前を出してみた。
けれど当然、彼女たちは誰もその名前を知りもしなかった。
大学一の人気者天乃 北斗の方は知っていても、彼の従兄弟なんて知らない、そんな人いたら知らないわけないよと、即答だったのだ。
事前に天乃 流星に関する記憶は消されると聞いてはいたものの、実際に直面してしまうと、なんだか奇妙で、怖かった。
だから南先生に一度だけ、訊いてみた。
天乃 流星はどうしてるのかと。
すると、その件については一族の外に話すべきではないと拒否されてしまった。
ただ、元気で生きている、それだけは教えてもらえた。
生きて罪を償わせる。
今後祓い屋を生業にするのは不可能でも、それ以外で救いを求めてきた人の役に立つ仕事を与えるもりだから、私は罪悪感を持つ必要なんてないのだと、強く諭された。
私は、彼のしたことは許せないと今でも思う。
私を攫って無関係だった学生達を意のままに操り、私だけでなく彼らにも手をかけようとした。
そして音弥を、傷付けた。
彼には彼なりの考えや主張があって、それと反する南先生が絶対に正しいのだとは、一般人の私には言い切れないのかもしれない。
それでも、大切な人達を傷付けようとした彼を、私は許せないし、罰を受けるのは当然だと思う。
ただ…………いつか、もしもまたどこかで会うようなことがあったそのときは、私はひと言お礼を伝えたい。
動機は何であれ、天乃 流星が私と接近したおかげで、音弥と再会できたのだから。
それは間違いのない事実なのだから。
でも、私がぽつりとそんな本心を打ち明けたら、彼らは寄ってたかって私が優しすぎる、甘すぎると小言を口にした。
『そんなやからお嬢ちゃんは付け入れられるんや』
『ビーケアフルです』
『そこがお嬢ちゃんのいいところだけど、アレには二度と会わない方がいいわね』
『まったく懲りねえヤツだな』
『わかっておるとは思うが、其方一人では決して会わぬことだ』
各々心配する彼らの言葉を、私は苦笑しながらもなんだか嬉しく聞いていた。
彼らの心配性は今にはじまったことではなかったから。
今思うと、引っ越し当日に文哉によって私と音弥のことを聞かされていた彼らは、最初からその心配性を発動させていたのだろう。
音弥がはじめてこの家に来た日、私が何も説明していないにもかかわらず、音弥のことで応援モードだった。
音弥と二度目のさよならを迎えた朝だって、南先生と天乃くんが帰ったあともずっとそばにいてくれた。
音弥が残した最後の贈り物を見るたびに泣きそうになった私を元気付けたり笑わせてくれたのは彼だったし、
その扱い方に迷ったときだって、一緒に考えてくれたのも彼らだった。
結局、それは父に渡すことにしたのだけど………
「ねえお父さん、あれ、使ってくれてる?」
大学やピアノのこと、決めなくちゃいけないことが山積みで、音弥の最後の贈り物を父に渡すと決心できたのは、秋も中頃になってからだった。
それ以降、私が父にそれについて尋ねることはなかったけれど、なんとなく、今日は訊いてみたくなった。
すると父は間髪入れず、
「もちろんだよ。今も使ってたよ。とても書きやすくて毎日使ってるんだ。いい万年筆をありがとう」
すごくすごく嬉しそうに答えたのだった。
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