真実の結末

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「…………ああ、本当だ。本当にその通りよね。私がもう一度ピアノを弾くようになるなんて………本当、音弥のおかげよね」 みるみる私の心は満たされて、やっと、その万年筆を父に渡す決心がついた。 善は急げと、その日の夕食時に裸の状態のまま渡すと、父は少し驚きつつも「ありがとう」と喜んでくれた。 どうやら父は、事故や音弥の記憶を取り戻した私が、あの日購入したのと同じ万年筆を再度購入したと思っているようだった。 もちろん、そうではないのだけど、いくら父でも、真相を戸惑わずに受け入れるのは難しいと思う。 亡くなったはずの音弥から託されただなんて、普通は信じられないだろうし、余計な混乱を招いてしまうかもしれない。 だから私は、父の誤解をあえてそのままにしたのだ。 なんだか音弥の手柄を横取りしてしまった感はあるけれど、そこは音弥も理解してくれると信じたい。 「………きっと、音弥も喜んでると思うよ。あの万年筆を選ぶとき、真剣だったから」 記憶が戻った今、あの日の音弥も鮮やかに私の脳裏に映し出される。 事故がなければ、夜、一家団欒の時間に私と音弥と文哉の三人で父に渡していたはずだった万年筆。 もしもの世界を思い描くのは不毛だとわかっていても、ときどきは、やっぱり考えてしまう。 でもその世界では、私は今もピアノには触れることないままだったに違いなくて。 だからやっぱり、私がピアノに戻ってこられたのは、音弥が私に残した最後の贈り物だったのだ。 「うん、そうだね。間違いなく、音弥は僕があの万年筆を使ってるのを確かめに来て、顔には出さずに喜んでるだろうね」 あまり感情を表に出さない息子を、父は心から愛おしそうに思い返した。 そして 「………もうすぐ、一年だね」 庭に視線を向けたままで、まるで降り続く雪のように物静かに、静寂に、そう告げた。 何が、なんて問い返すまでもない。 私も父の隣で雪をながめながら返事する。 「うん………一年、だね」
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