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「辰っちゃん、たまには寄席にでも行ってみないかい?」
「寄席…ですかい?」
甚八が大名屋敷に赴いた日、辰之助はヘマをやらかし続けた、手桶をひっくり返し、ふるいにかけて細かくした砂に砂利を混ぜたり、放っておくと盆栽の鉢まで割りかねないと思ったお春は、心ここにあらずといった様子の辰之助を外に連れ出す事にしたのだ。
「神田に面白い落語をやってる寄席があるんですって」
「湯島神社のもっと先ですかい?」
「そうよ、前にも行った事あるでしょ?」
「あれは湯島の富くじを買った帰りに人出に押されて少し迷っただけでさぁ」
「その割にはお父つぁんといっしょに神田の辺りのお屋敷は凄いだの何だの言ってなかったっけ?」
「小石川の後楽園は神田じゃねえぞ?」
「どっちでもいいの、神田なんて一刻もあれば行けるんだから、今から出かけて神田の辺りでお八つにしましょうよ?」
辰之助は少しだけ考えて「そういえばしばらく駒込から出ていないな」と頭に被っていた手ぬぐいを濡らし、念入りに顔のホコリを拭った。
お春は「これで売り物の盆栽を割られずに済む」とうそぶいたが、男女が揃って出かけるには絶好の秋晴れであった。
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