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「甚八、この者たちは?」
「申し訳ございません、娘と私の下で働いている辰之助と申す者です、お春、東浦頭様にお茶を…」
お春はペコリと頭を垂れ、部屋を出ようとしたが東浦頭が制した。
「茶など要らぬ、火急ゆえ要件だけ伝えるが、その前に…」
驚いたことに留守居役まで務めるお武家様が甚八に向かって深々と頭を下げた。
「先日は無礼仕った、申し訳ない」
「と、東浦頭様お顔をお上げください、いったい全体どうしたってんでさぁ?」
あまりのことに甚八の声も上ずっている。
「実は、先日の作庭図の話だが…聞きたい事がある」
「先日の…って桜の件ですかい?」
「そうだ」
「あの話は無しになったんじゃ?」
「それが厄介な事になってな、お主、吉野の桜を江戸に植え換えることが出来るか?」
「吉野の桜ですって?イヤイヤイヤご冗談を、大和国(現在の奈良県)から桜を運ぶなんてそれこそ権現様でも無けりゃ無理な話ですよ」
ご冗談をとは言ったが東浦頭の顔はいたって真面目だ、そもそも不吉な桜を冗談のネタにするわけがない。
「松木屋の話を聞いたか?」
「松木屋がどうかしたんですか?」
「こら辰!」
「良い、模部平様の聞いた話では吉野の桜を江戸の藩邸に植え替えるという話題で城中が騒いでいるらしい」
松木屋と聞いて身を乗り出した辰之助にヒヤリとした甚八がゲンコツを食らわすが、東浦頭は気にも止めないようであった、吉野の桜を植え替える、なるほどこれは大変な事態だ。
「まさか松木屋が吉野の桜を植え替えるって言ってるんですかい?」
「実際に言っているのは吉野山がある郡山藩の藩主だ」
「いくら大名様だってそんな芸当が出来る訳はねぇですよ」
「その藩主の名は…柳沢保泰殿、六義園を造った柳沢吉保様の直系だ」
「何ですって?」
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