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ゴロゴロとした雷がその音を収め夕立もその足音を遠ざける様になり、空が高く澄み切った秋分のある日、江戸の片隅にある植木屋に素っ頓狂な声が響いた。
「親方?今何て言ったんでやんす?」
「何度も言わすな辰之助、お前ぇをこの仕事から外すって言ったんだよ」
水仕事や土いじりでふやけた手を火鉢に当てながら煙管をふかしていた大木屋甚八は、煙管の灰をカツーンと落としながら渋い顔を向けてきた。
「親方!この仕事はお殿様直々のデカい仕事じゃ無かったんですかい?」
「だからだよ!」
「何で…俺は親方の右腕だったんじゃ?」
「あぁそうだ辰、お前ぇには俺の仕事の全てを叩き込んだ、そんなお前ぇをむざむざ散らせる事はしたくねぇ…」
「散らせるって…この仕事に命のやり取りなんて有る訳無ぇ!」
「…あるんだよ、命のやり取りがな」
「そんな馬鹿な」
「いいか辰、今度の仕事には殿様同士のメンツがかかってる、負けた日にゃあ植木職人としてやっていけなくなるし下手すりゃコレだ」
甚八は自分の首に手のひらを当ててトントンと叩いた。
「それに相手には大店の松木屋もいる、唐のコウシンバラや南蛮渡来のウコン香なんかの苗も腐る程有りやがる、俺らの強みはツツジだけ、どうしても古臭えと思われちまう…」
甚八は次のタバコを煙管に詰める事もせず、がっくりとうなだれたままポン…ポン…と自分の膝を叩くばかりであった。
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