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枝垂れ桜を移植してから毎日、辰之助は片道一刻(約二時間)はかかる模部平下屋敷に通い、暮れ正月も如月の寒い中もせっせとニ石(約360㍑)の水をかけ続けた。
立春を過ぎ桃始笑頃(三月十日ごろ)、枝垂れ桜の先に小さな新芽を見つけた時は思わず…はああぁっ…と安堵の声がもれた。
あれよあれよと言う間に新芽が増え続け蕾が着いた、触れればポンッと花が咲くような、そう思えるほどふくふくとした蕾であった。
親方の甚八からは新芽が出たら水を控えろと言われているが、蕾の様子が気になって折れている枝はないか?虫は付いていないか?と屋敷を訪れ屋敷の者が呆れるほどの子煩悩、いや木煩悩ぶりをいかんなく発揮していた。
「辰之助、大義である」
枝垂れ桜をぐるりと回り、蕾の様子を見終わった辰之助に声をかけたのは模部平家留守居役の東浦頭伊庭だった。
江戸随一の作庭家の弟子であれ本来なら声を掛けてもらえるものでは無いが、枝垂れ桜を移植する案を出し、暮れ正月も無く寒い中せっせと水を運ぶ辰之助の仕事ぶりをいたく気に入り、仕事の合間に茶など振る舞うようになっていた。
「辰之助よ今日の仕事も仕舞いであろう、茶など飲んでゆっくりいたせ」
実のところ東浦頭の方こそ書類仕事に忙殺されており、小休止の為の口実である。
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