春に届いた手紙

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 娘が社会人になる。長男の浩は一昨年、独り立ちして俺の子会社を継いでくれているから、俺たち夫婦にとっては最後の子の旅立ち。長男のときも思ったが、我が子が社会人になるというのは感慨深い。 「おーい、準備できたかー?」 「今行くー」  4月1日を控えた、3月末日。二階に声をかけると、一人暮らしを始める娘の返事が聞こえた。続けてドタドタと階段を降りてくる音がして、彼女が姿を現す。 「引っ越し業者、待ってるぞ」  二人で外に出ると、妻が引っ越し用の積み作業を終えた業者と立ち話をしていて、俺たちを見つけると穏やかに笑う。忙しなく娘も業者に改めて挨拶をして、俺たちのほうを向いた。 「もしかしたら忘れ物あるかも」 「見つけたら箱で送ってやるよ」 「そんなに遠くないんだから、取りに来てもいいし」 「うん、そうする。じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」 「気をつけてね」  トラックの助手席に乗って、最後まで手を振りながら見送った。角を曲がって、トラックの排気ガスが見えなくなるまで立って見てた。  春は門出と別れの季節。若ければ出会いもあるのだろうが、もうすぐで定年を迎える自分には数えるほどもないだろう。社長という立場上、新卒で入った子たちと話す機会もそうそうない。 「コーヒー入れましょうか」 「ああ、頼む」  妻の後を追うように、家に入った。未だにスマホに着信は無い。当たり前だけれど。  妻が入れてくれたコーヒーを飲みつつ、娘の旅立ちの感慨に耽ける。妻と昔話をしながら、俺としてはその流れで今後の話をしたかった。  夫婦の第二の生活は子どもが巣立っていった後だと聞く。彼女は悪阻が酷く、子どもの妊娠と出産は人並み以上に苦労しただろう。そんな経験を二度もしてくれて、おまけに俺が望んでいた男女両方とも産んでくれたのだ。孝行するならこれからがちょうどいいタイミングだ。  コーヒーを飲んでひと息ついて、前に彼女が行きたいと呟いていた箱根のことを持ちかけようとしたとき、俺よりも先に彼女が「ねぇ」と会話の口火を切った。 「ん?」 「あなたに、言わなきゃいけないことがあるの」  窓から入ってきた春の生暖かい風が、頬を掠めた。
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