春に届いた手紙

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 佐倉一音は、俺よりも少しだけ背が低くて少しだけ声が高い奴だった。高校で、出席番号が俺の次だったから、すぐに仲良くなった。 「俺、坂下。よろしく」 「あ、佐倉、です。よろしく」  ひょろひょろで弱そう、というのが最初の印象。その印象は確かにその通りだったけど、一音は成績優秀で、いろいろなことを知っていて、一音と一緒にいればいるほど楽しかった。 「え、坂下ってあの家具の…?」 「そ。サカシタ家具」 「そこの息子?てことは御曹司?」 「御曹司なんて大それたもんじゃねぇよ。通学だって歩きだし、お手伝いさんいるくらいで、別にみんなと変わんない」 「そっか。将来はやっぱ継ぐの?」 「息子は俺一人だし、継がなきゃだろうな」 「すごい、じゃあ将来は社長だ」 「んなすごくねぇよ」  すごいすごいと大袈裟にはしゃぐ。周りは大企業の息子ってだけで遠い存在のように俺を扱ったけど、一音だけはずっとそばにいてくれて、何より俺自身を認めてくれていた。  社長になったらお前のこと秘書にしようかな、とか冗談言ったら、「え、ほんと!?」と嬉しそうに笑った。その顔がかわいくて、一瞬胸が締め付けられた、あのとき。思えばあのときに俺はその感情を殺すべきだったんだ。  一音に対しての気持ちが友だちに対するそれと違うかもしれないと気づいたのは、高校一年生のときの文化祭だった。俺たちの高校では毎年恒例のミス・ミスターコンテストが開催され、ありがたくも自分のクラスからは俺が抜擢された。しかしまったくその気はなかったため、渋い顔をする俺と相反して、一音が一番喜んでいた。 「なんでお前が喜ぶんだよ」 「だって友だちがミスターコンテストに出るんだよ?誇らしいよ」  まるで自分事のように喜ぶ。一音が何かしらのコンテストに出たら、確かに俺も嬉しいかもしれない、と思ったものの、その日に向けて放課後は居残りをさせられる羽目になって受け入れたことを後悔した。 「ごめん、今日も衣装合わせで居残る」 「いいよ、僕図書室で待ってるから」 「先に帰っててもいいぞ?」 「あ、帰っててほしい?」 「え、いや、そんなことは。ただ、迷惑じゃないかと思って」 「全然。待ちたいから待ってる」  ぐっ、と心臓が締まる。その頃少しずつ、一音の一つ一つの言動から目が離せなくなって、一つ一つの言動に感情が振り回されるようになっていた。  その日の放課後、用事が済んで図書室に行くと、一音は机に突っ伏して寝ていた。外はもう日が沈んで暗い。気持ちよさそうに、眠る一音の髪を撫でると、自分のとは比べ物にならないほど柔らかい毛に驚いた。もうすぐ起きてしまうだろうに、髪を梳かしてしまう手を退けられなくて、一音にさえ聞こえてしまいそうなほど脈打つ心臓がうるさかった。 「…?…あ、ごめん、寝てた」 「…いや、待たせた」 「いいよ、帰ろう」  何をしていたのか気づかれなくて心底ほっとした。気づかれてしまっては、もう友だちでいられなくなる、とそのときは自分の言動を隠すのに必死だった。  しかし文化祭本番。ミスターコンテストに出るための衣装を着た俺を見て、一音がいつもとは違う一面を見せた。頬から耳までを赤くさせて、目線を合わせてくれなかったのだ。そしてどこか、素っ気ない。 「観客席で見てる」  そう言って走り去る一音に、自分の心臓も踊ってた。うわ、やばい。本能が欲に気づいてしまう。  残念ながらミスターコンテスト優勝は果たせなかったものの、そんなことより俺は一音のことだけで頭がいっぱいだった。コンテストが終わって、一音の元に戻ると、一音の素っ気なさは消えていつも通り接してくれた。でもさっきの恥ずかしそうな表情を忘れられなくて、わざと目を見つめた。 「…?なに?」  "7秒の法則"というのを聞いたことがある。7秒、相手と目と目を合わせ続けたら一目惚れする可能性が上がるらしい。もう出会って数ヶ月も経っているから、初対面の印象から得られる瞬発的な一目惚れは期待できないだろうけど、少しでも効果があるなら期待したい。落ちろ。  そう思って見つめ続けて、俺のほうが自爆した。落ちろ、と願掛けたことで、俺はもう一音に落ちているのだと自覚した。文化祭の日、今までの不可解な胸の高鳴りは、俺が一音に恋をしているからなのだと腑に落ちてしまった。  高二になって俺たちはクラスが別れた。それでも一緒にいる時間には変わりなくて、登下校も一緒に過ごしてた、ある日。帰り道に何気に一音が言った。 「今日、お母さんいなくてさ」  一音は幼い頃に両親が離婚して、母親と二人暮らしをしていた。たまに家にお邪魔して、テスト勉強やゲームをしてたから、一音のお母さんとも顔見知りだ。だから彼女が居ようが居まいが、あまり肝心ではなかったのだけれど、一音に対して違った想いを抱きつつあったそのときの俺にはその誘いは刺激でしかなかった。「行く」と即答した。  一音にとってどうだったのか、はっきりとは聞いていないから定かではない。下心があったのか、あるいはただ純粋に母親がいないということだけを伝えたかったのか。でも迫る俺に抵抗はしなくて、「律になら何されてもいいよ」と言われたのだから、やっぱりそういう意味で誘ってきたような気もする。現にその日を境に、俺たちはそういうことをするようになったし、クリスマスやバレンタインといったイベントも二人で過ごして、甘い言葉を囁きあった。  一音と友だち以上の関係になってから、俺たちは余計に一緒にいることが増えた。当たり前に登下校は一緒で、たまに授業をサボって屋上で耽っていたこともあった。  一音からしてくれる音の立てないキスが、俺は好きだった。 「一音、誕生日いつ?」 「3月31日」 「ふっ、おっそ(笑)」 「うるさいな(笑)」 「うん、じゃあさ。卒業したら一緒に住もう」 「…え?」 「一緒に住んで、一番最初に一音の誕生日祝おう」  そう言ったときの一音の嬉し泣きにつられて、俺も思わず涙が零れた。ずっと一緒にいる未来を、二人とも信じて疑わなかった。
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