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飛び入りライブ
ジョージに連れて来られたエトワールという店は、昼間は普通のレストランだが、夜はライブを楽しみながら飲食できる店になる。
バカンスシーズンになると、イギリスから来た若い客らで大賑わいをするらしい。
エトワールに入った優吾は、店内を見回し、床から一段高くなったステージに目を留めた。
失恋した上に音楽関係者にまで見放され、行き場を失った辛さに耐え切れなくなり、日本から逃げ出したはずなのに、音楽が嫌になるどころか、ステージに置いてあるマイクと楽譜スタンド、アンプなどを見るだけで、その場所に立ちたくて堪らなくなる。
願望か、熱望か、名前なんてどっちでもいい。
押し殺していた感情が膨れ上がって爆発しそうだ。
舞台が恋しくて、なのにもう立てないかもしれないと思うと切なくて、何でもいいから俺に歌わせてくれと叫びたくなる。
歌いたいんだ! このまま歌えなければ、窒息してしまう。
自分を抱きしめて、なんとか気持ちを静めようとする優吾の苦悩を知らないジョージは、さっさと先を歩いてステージに近い一番前の席に行こうとする。優吾はジョージを呼び止め、両側の壁に設置してあるスピーカーの音が、一番良い状態で聞こえそうな中央のテーブルを指して、ここにしようと言った。
ジョージの勧めで優吾はステージに向き合う椅子に腰をかけ、ジョージはテーブルを挟んだ反対側に座る。ボーイが渡すメニュー表に目を通した優吾は、ビールと腹が膨れて値段も安価な鶏肉料理を注文した。アルバイト代を旅行に全てつぎ込んだ優吾としては、食費はなるべく抑えたいところだ。
ジョージも似たようなものを注文したが、注文する間もしてからも、優吾を気にかけ話を絶やさない。優吾と一緒にいることへの喜びを隠さないところが、まるで律といたときの自分のように思えて無碍にはできず、ジョージがどんなにつまらない話をしても、優吾は相槌を打ち続けた。
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