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見捨てられた。どこからも。
周囲のひそひそ話が聞えたっけ。
―「優吾は歌い続けるつもりか?」
―「あいつルックスはいいけど、なんか突き抜けないんだよな」
―「うん。声の伸びもあるはずなのに、俺たちのバンドは律の好みで選曲してたから、ちょっと優吾には合っていなかったのかも」
―「インディーズって言うと、聞こえはいいけれど、しょせんアマチュアバンドだからな。今のうちに音楽続けるか、律みたいに仕事見つけるか考えないと」
辛い思い出を反芻しているうちに、息を詰めていたのか、目の前が真っ暗になった。
ふらりと全身が前傾する。崖を吹き上げる風がシャツと顔と髪にぶち当たり、長めの前髪がオールバックになる。落下の予感に全身が恐怖で張り詰めて、無数の針が表皮をかすめるような痛みを覚えた。
落ちる! 落ちる! 死ぬ!
ガシッと腕に衝撃と痛みを覚え、肩が抜けるかと思うほどの勢いで後ろに引っ張られた。
もんどりうって、草に覆われた地面に尻をしたたかに打ち付けたが、痛みより、地面を感じたことに安堵して、詰めた息が肺から押し出される。
『何やってるんだ、お前! こんなところから飛び降りるんじゃない。すぐ横のビーチで海水浴をしている家族がいるんだぞ。迷惑を考えろ!』
男が早口に捲し立てるフランス語は、優吾には何を言っているのかさっぱり分からない。
だが、男が指した先に海水浴をしている人々が見え、男の強い口調と表情から非常識を詰られているのが伝わってきた。
多分男は、優吾が自殺しようとしたのだと誤解をしているに違いない。
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