アンチーブの街

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アンチーブの街

 【Antibes】、日本語ではアンティーブと表記されるが、発音はアンチーブの方が近い。  ローマ帝国に500年ほど支配され、西ローマ帝国が滅亡すると、多種の異民族がやってきた。云々。  それ以上街の説明を読む気になれず、スマホの電源を落とす。  優吾は実際のアンチーブがどんなところであるのか自分の目で確かめるために、ヨットがずらりと並ぶハーバーを通りすぎ、海沿いに建つ古びた石積みの壁を辿って行って、門があったであろう切れ目から街の中に足を踏み入れた。  湿度が少ないため建物や木陰に入れば涼しいが、7月の太陽はギンギンに辺りを照らしていて、暑いことこの上ない。  何か冷たいものはないかと見回した時、小さな売店でアイスクリームとジュースを売っているのが目に入る。栗色の髪にダークブラウンの瞳をしたハンサムな男が優吾を見てにっこり笑った。   つられたわけではないが、友人たちへの話しのネタになるかもしれないと思い、ワゴンに近づきアイスクリームのショーケースを覗いてみる。  フランス語で書かれた名前は、英語の綴りに近いものしか理解できないが、色を見て、これはイチゴであっちはレモンだろうと見当をつける。その中で優吾は淡い緑色のアイスクリームに目を留めた。 『メロンかな? 美味しそうだ。これを一つコーンにのせて』  優吾の英語に首を傾げる店員を見て、英語が分からないのかと思ったら、相手がピスタッチョだと答えた。 『えっ? ピスタッチョ? へぇ~、ソルティーなのかな?』 『君、ナッツ類は好き? 少しだけ甘みがあって美味しいよ』 『じゃあ、それにする』  栗色の髪の店員の人懐っこい笑顔に、異国にいる緊張感を解かれて優吾もにっこりと笑い返す。と、その時、ゆらりと優吾の隣に黒い影が差した。  最初、優吾は客が隣に並んだのかと思って気にも留めなかったのだが、目の前の店員が優吾の隣を見上げて、少し困ったような微笑を浮かべるのが気にかかる。  何だろうと思って優吾がすぐ横をチラ見すると、Tシャツに包まれた鍛えられた上半身と筋肉のついた腕が見えた。
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