アンチーブの街

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 ひょっとして二人はカップルで、この厳つい男は、優吾と店員が笑顔を交わしたことにやきもちを焼いたのかと、今更ながらに気が付いた。  そっと周囲を見回し観光客たちの反応を見るが、二人の熱いキスシーンに対して眉をひそめる者はなく、面白がるか、または感心するように二人を眺めている。  男同士なのに、誰も驚いていないのは、さすが恋愛恋愛大国だ。  いや、日本が遅れているというべきか。    何て直情的で、大胆な愛情を示すのだろう!   日本ではありえない光景に、優吾は半ば呆れ、半ば羨望を覚えながら食い入るように見つめる。  店員の脚ががくがく震え出したのに刺激され、優吾は腹の奥に熱を感じてジーンズの前が圧迫される気配にたじろいだ。 『おい、いつまで抱き合ってるんだ。アイスクリームが溶けるぞ』  実際、ショーケースに入っているアイスクリームが溶けることはないのだが、すぐにでもこの状況から抜け出さないと、今度は優吾の反応に周囲の視線が集まり恥をかくことになる。  店員が大男の胸を押して何とか抱擁を解き、尚も追いすがろうとする大男から逃れてよろめきながらワゴンの向こうに戻る。周囲の視線を一身に浴びる青年は震える手で手袋をはめて、コーンにアイスクリームをよそった。  ピンク色に染まった頬で恥ずかしそうに優吾を見つめる店員が、アイスクリームを差し出す様子はかなり艶めかしくて、大男の歯ぎしりが聞えそうだ。案の定、大男が再び優吾のすぐ隣にやってきて、威嚇するように肩を怒らせ優吾を睨みつける。  ―――ったく、身体は大きい癖に、心の狭い奴!  優吾は店員に同情すると同時に、大男に対してイライラする気持ちを募らせた。  小銭を青年に渡した優吾は、わざと特大のスマイルを浮かべてお礼を言い、まだこちらを睨んでいる大男に向き直る。上目遣いで男を見ながら、優吾は赤い舌をひらめかしてアイスクリームを削り取るようにゆっくりと舐めてみせた。  少し戸惑ったような表情を見せた大男の前でほくそ笑むと、優吾はくるりと背を向けて「ば~か」と小声で呟き、石造りの店が建ち並ぶ小径を行きかう人ごみに紛れて歩き出した。
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