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3.
婚姻届に書かれた息子の名前に、つい昔のことを思い出してしまったが、その苗字が離婚により変わることは、正子も出産時には想像していなかった。姓名判断のために画数を調べたことなど、もはや笑い話である。
生まれてからたったの10年で、母親に「父親はいらない」と告げなければいけないような生活をさせてしまった事実。それは正子を何度も責め、離婚後は仕事ばかりの母親と、そのせいで口煩くなった姉との三人暮らしで嫌な思いをさせただろうという負い目。彼は、正子が付けた名前のとおり「乗り越え」なければならなかった。身近に行き先を教えてくれるものもない道を、ひたすら歩くしかなかった。それは笑えない現実だったと思う。
それでも、寄り道をしながらも進むことをやめなかった彼の姿は正子を支えてくれた。あまりに皮肉すぎて、本人には伝えられないけれど。
息子が、薄い賃貸住宅の壁を怒りにまかせて足蹴りし、大きな穴を開けたことがあった。親子そろってお巡りさんに呼び出され説教をされたこともある。そんな振り回された出来事すら、今なら幸運だったと言える。そのたびに彼は、自分で考える人間になろうとしていたから。
だから、そんな息子の交友関係に正子は口をはさまなかった。それをわかっていたのかどうか、彼の部屋には友人やときには交際相手も訪れていたのだが。
隠すつもりのない息子の口から「将来も結婚はしたくない」という言葉を聞いてからは「避妊だけはしてね」と伝えて「もちろん」と返されるような親子だった。
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