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 正子が陵介と名付けた息子は、技術系の専門学校を最終学歴として学生生活を終え、全国展開する小売業へと就職した。  その選択は、コンビニでのアルバイト経験から接客をともなうサービス業は選ばないだろう、と考えていた正子にはちょっと意外だった。正子自身も経験があるが、理不尽なクレームはどんな職場にもあり、学生バイトも例外ではなかったから。入社式に引き続き行われた新入社員の宿泊研修で、すっかり声を枯らしてしまったと聞いたときはすぐにでも辞めるのではと考えた。  それなのに、予想に反して何度目かの転勤をしたいまも頑張っている。そして、同期入社だけれど二歳年上の彼女と結婚するかもしれないと電話で告げられたのは3ヶ月程前のことだ。正直に驚いた。彼女がいることは知っていたが、結婚しないという主義を変えてしまうほどの存在だったとは気がつかなかった。そして驚きの発作のあとに、じわじわと喜びがわいてきた。  カレーライスに嫌いな野菜を刻んで入れたり、気持ちよさそうに朝寝坊している頭の下から枕を引き抜いたりする。もう、そんな権利は自分には無いのだとわかったのだ。
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