×××サイド-1…

1/1
前へ
/34ページ
次へ

×××サイド-1…

「逢(あい)の奴、まーたイートインで寝ちゃってたのか」  行く先の空が薄水色に変わりだす山間の街道を、愛車のアメリカンバイクにまたがり駆けていたあたしのスマホが鳴る。  ちょうど十字路に差し掛かったあたしは、信号待ちをする傍らポンっと弾けるような通知音のしたスマホホルダーに視線だけを向ける。  ちょっと心もとなくも思えるんだけど、一応しっかり? ホールドされてるっぽいアンドロイドの液晶には「逢のお友達」から連絡が入っていた。  2024-08-30(金)17:59  夏鈴:ええっと、こちら現場の夏鈴です。ただいまお口パッカーンで眠りこけている逢さんを確保致しましたっ! 結愛(ゆあ)お姉さん、まだバイト中でしたらごめんなさい  そんなチャットと共に送られてきたのは、コンビニスイーツ片手に口半開きでこっくりこっくり船を漕ぐ妹の写真。  どうも店外から堂々と、イートインスペースの見えるガラス越しに撮ってるっぽくなかなかに反射がひどい。  けども、そうしたコンビニ内の強烈な照明を受ける中にあって「雪化粧でもしたんじゃないか?」ってくらい肌がまっちろでふざけたように寝ぼけた顔面を曝すのは紛れもないあたしの妹だった。 (いや寝るならせめても、と言ったのはあたしなんだけどもさ)  さすがによだれは垂らしてないまでも、そこに映るのは唇に食べかけワッフルを近づけ口元ぱか~な妹の訳で……  恥じらいを持て、なんて言うつもりはさらさらないけども(あたしもそんな柄じゃないし)小6女児としてそれでいいのか? と心配にもなってくる。  姉としていえば悩みの種はもう一つ、  別に隠すようなことでもないんだけど、それは妹の逢が抱える睡眠障害のことだ。  日によりけりなものの、幸いクラス担任の理解もあってオンラインで授業する日もあれば今日のようにコンディションが良いと登校させる日もある。  まあ当の本人は、天然そうなほわんとしただらしない目元をしてる割に意外と自分の状態を把握してるっぽくて、そういう意味じゃ手は掛からないんだけども。  ただ「眠気」ばかりはいかんともしがたいっぽく、しかも本人が良くも悪くも周りを顧みないせいかよくそこら辺の自販機や電柱、道端の縁石に座り込んで寝ちゃうこともあるんだよね。  だからこそていうのもあるんだけど、いくらこんなクッソ田舎で人っ子一人いないような農道であったとしてもなるたけ人目のある「マ●トの喫茶コーナー」や「コンビニ」でうとうとするようにと逢には口を酸っぱくして言ってあった。  それでも限度があるから、近所の知り合いや逢と仲良くしてくれてるお友達には「そんな逢」を見かけたら即刻あたしに連絡&保護をお願いしてるんだけども。 (これ逢はいつもとおんなじ調子っぽいけども、夏鈴の奴は大丈夫か? 見つけてくれたのはありがたいんだけど駐車場から窓越しパシャ! はどう見ても不審者……おおっと、いけない)  さっきポンポポーンと鳴ったチャットにはまだ続きがあって、  それによれば逢が珍しくも放課後のクラブ活動に混ざっていったっぽく、でしたら一緒に帰ろうと夏鈴がクラブ終わりに声をかけようとした矢先気づけば逢だけいなくなっていたとのこと。  そんなこんなで、慌てて夏鈴が後を追っかけ下校ルートを辿っていったところ今の「危うい添付画像」になる訳だけども……  妹の親友も含めて心配していると、あれだけ目の前をビュンビュン横切っていたダンプはいつの間にか途切れ信号は青になっていた。  あたしは後続のトラックに煽られる前にと、RebelくんのLEDライトが伸びる街道を「おきにのバイク」で滑り出す。 (夏鈴がタクシー呼んで乗っけてくれたってことだから、まあ一安心といえば一安心なんだけどもね)  そうして、あたしは薄闇の降り始める帰り時を急いだ。 「あれは……?」  それから、ほぼ一目ぼれで購入したRebelくんを飛ばすこと十数分、  購入を決めたっていっても選んだのは中古市場に多く出回ってた奴からだけど、大学やバイト先のある市街と実家間の数十キロを乗り回すには充分、ものすごく重宝していた、  そんなクルーザーバイクでもはや光源が玄関ポーチの照明しかないようなうちの近くまでくると、バイク音に反応してか実家の前を離れる二つの影と出くわした。 「おやおや、結愛ちゃん今お帰りかい? 大変だねえ」 「お帰りお帰り、逢ちゃんなら今さっき帰ってきおったみてえだよ?」 (って、いつもの婆さんどもか。全く物好きだこと)  減速するバイクの脇をすり抜けるように、コソコソと婆さん達はあたしにそう言い裏手のほうへ姿を消していく。  わざわざ訂正する気も、文句を言うつもりもないあたしはやれやれとその背を見送った。  それはそれは、実に野次馬根性逞しく、  心配だあ心配だあという体でやってくるから始末におけない。  そんなばばさん方がちょっかい掛けに来る理由はまあ、うちに端がないとも言えないんだけど、  軒下にバイクを止めると、あたしはメットを外してライディングスーツのジッパーを下ろしながら「逢、帰ったぞー!」と家中に呼びかけ和風建築の戸を開けた。 「………」  からからと玄関の戸を引き上がると、左手に伸びる廊下に面して茶の間が一室、  まあ返事がないのは分かってたけども、ぽーっと豆電球の柔らかい照明が下りる居間にはどさぐでっと寝そべる150センチ大の影。 「おーい逢、ただいま。せめて布団に行くぞー?」 「……む、にゃ………?」  タクシー降りて地面で即寝! されてないだけましなんだろうけど、たぶんむしろどうにかこうにか茶の間に着くまで耐えたんだろうなという風に見える。  もぞりともしない妹の意識を確かめつつ、ちらとあたしが廊下に目をやればそれはすぐに分かった。  うちの前に年寄りが屯っていた理由、その一因となる光景。 (あたしはすっかり見慣れちゃったけども、うん今日は障子破れてないっぽいね)  あたしが見下ろす眼下には、夕暮れのほのかな残照漂う庭先に向かい居間と廊下を境するふすまが二枚倒れていた。  そう、それというのは睡眠障害に併発してまるで夢遊病のように起き上がった逢が障子や戸を張っ倒すという。  ただ、あたしや親しい友人が隣にいる時はそういった発作的な症状は起こらないから直接見たことはないんだけども。  ここ2年ぐらいの間に頻発してみられるようになったその発作は、運悪く庭の近くを通りかかった婆さんに発見されたというのもあって近所では「狐憑き」なんて噂されてるっぽい。  元々至るところでこてっと寝てしまう睡眠障害のことや、さらには障子がビリビリに破け散らばっているのを目撃されたのも相まって「それ」に輪をかけているっぽかった。  まあともかく、何よりも先に逢の意識を確認してと思い、あたしが電球のひもに手を伸ばそうとしていると徐にアンドロイドがメールの着信を告げる。 (ん、学内アドレスにってことは何か後期開始に変更でもあったのか?)  誰からだとメールボックスを開いてみれば、届いたのはあたしが通う看護大の学内アドレス。  けども、送り主は見覚えのない明らか捨てアドと分かるアドレスからで、 「なんだ、これ?」  ――腫瘍の疑いがあると思われた「被験者34名」は、甲状腺刺激ホルモン放出並び抑制ホルモン/視床下部内に特異化した細胞を確認。  ――そのほかPRL産生にGH産生、ACTH産生や性腺刺激産生にも甲状腺刺激ホルモン賛成同様腫瘍はみられず、甲状腺に結節やのう胞は認められなかった。  ――34名の内2名は実験中に死亡、さらに1名の生死は不明であり……
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加