宵祭り-2.受付が離れたら職員がいなくなるってのもまあ、田舎ならではっちゃならではだと思うけど……

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宵祭り-2.受付が離れたら職員がいなくなるってのもまあ、田舎ならではっちゃならではだと思うけど……

「あらこんにちは、えーっと確か、あなたはうちの……?」  軽い挨拶と共に、俺が頭を下げると「おやっ」というように返事を返してきたのはピシりっと長白衣を着こんだ華奢な女性。 「ええどうも、て言ってもあんまり学内でお目にかかったことはないですけど」  うまいことコンシーラと銀縁メガネのフレームでごまかせてはいるが、明らか目元にクマの見えるこの先生は、何を隠そう俺が通う医学部の准教授だったりする。  ゆうても「精神科領域」を専門とするこの産土(うぶすな)紅遠(くおん)先生が県立医大の准教だって知ったのはまさかのここいわき、それもスクリーニング検査を介してだったんだけどさ。  まあゼミも専攻も違えば学内で会う機会のない先生なんていくらもいるだろし、  それでも初対面した時は普通に驚いたな。  どうも、検査者名簿に書かれた「俺の居住先」が見知った大学の学生寮だったのを見て声を掛けてきてくれたようだった。  それはともかく、そんな准教さまが何故にこんなとこで受付兼……なんぞをしているかというと、元々県内県外問わず医療系大学から講演をと招かれることも多いらしく、  俺の地元も例に漏れず「看護学科を含んだ医療大」に何度かお呼ばれしたことのある縁から、その繋がりでメンタルチェックとケアも兼ね兼ね市の看護大に協力を求められたとのこと。 「確かにそうね、むしろ神咲くんとはここでしかおしゃべりできないのが残念だわ。……あちらは、妹さんよね?」 「……そうですけど。ってああそっか、前は別で受けたから」 「そうそう、一次検査の時は神咲くんしか担当しなかったから。妹さんに会うのは今日が初めてね」  なんで今更そんな分かり切ったことを? と聞き返しそうになったところで、前回彩花は自分の中学で、俺はといえば市内の別会場でスクリーニングを受けたのを思い出す。 「でしたねそういや。はい妹の、彩花です」  だからかと納得した俺は、紅遠先生の視線をたどり彩花達の背が消えた控室の方をくいと親指で刺しながら大きく頷きを返す。 「あ、こんなのんびりしてる場合じゃなかったわね。はいこれ、知っての通り簡単な問診票になってるから。着替えるついでにサクッーと書いちゃってね!」  あらいけない。と不意に仕事を思い出した紅遠先生は、記入用紙の挟まったバインダー事俺に押し付けるとシッシと控室の方に追いやる。  追い立てられるまま「そうだったそうだった」と素直にバインダーを受け取って、俺もそそくさと「会議室-2」のプレートが下がった一室に駆け込んだ。  ちょうど彩花と美月の入っていった「会議室-1」とは反対、本来は部屋そのものの用途のためにあるのであろう長テーブルやパイプイス・プロジェクターなどといった雑多な物達が今だけは壁際に寄せられている。  俺はそんな中でも部屋の中央にポツンと配置された長テーブルに近づくと、渡されたバインダーをその端に置いた。  申し訳程度に設置されたテーブルの上には薄い検査着と手荷物や上着の置けるプラスチッキーな籠。それとその手前には雑然と転がったボールペンが一つ、  俺はこれといって特に置くようなもんもないので、さっさと検査着に袖を通すとペンをつまんで問診票に目を落とした。 「兄さーん、終わりましたか?」  俺が「えっと、なんだって?」とペンをカチカチさせながら、さらさらさらっと記入項目にチェックを付けているともう着替えが済んだのか、部屋の前から彩花がノックする音が聞こえてきた。  はいよーっと生返事をしてから俺は、記入漏れがないか確認すると頭を上げ会議室を後にした。 「おや、ようやくお出まし会?」 「ヘイヘイ遅くなりましてすんませんね、っていうか早すぎだろ!? 言うほど控室入ったタイミング変わらんだろうにさ」  受付のあるロビーに出てみりゃ、美月も彩花も準備万端! すっかり問診票の提出も終わらせたようで、二人とも俺を出迎えるように待っていた。 「どうやら私らの後もつかえてるみたいだからね、なんだかやんちゃな小学生達が来るようだし……先生方にも余裕がいるだろう?」  バインダーで肩をトントンしながら「ん、そうなのか?」と目線で受付に問うてみれば、坐したままの紅遠先生がこくこくとこちらに頷いてみせる。 「てっきり、俺らだけかと思ってたから悠長にしてたけど、そっかこの後の予約も詰まってんのか」  なら急がねえとな。と俺も気持ち早めに紅遠先生へと手持ちのバインダーを預けに行く。 (にしてもまあ、なんていうか)  美月の横を通り過ぎざま、俺は心の中で独り言ちる。  検査着はみんな共通、フリーサイズなんだろうけどさ。その、どことは言わねえけど美月はだいぶ苦しそうだな。その点我が妹はといえば……いや、これ以上は言うまい。  そんな益体もないことを考えつつ俺がバインダーを受付に差し出すと、ずっと手元の問診票を流し見ていた紅遠先生がスッと立ち上がる。 「じゃあさっそくでごめんなさいなんだけど、二次スクリーニング検査に入らせてもらうわね。はじめはえーっと、浅倉美月さん? ついてきてもらえる?」  3人分の問診票を抜き取り紅遠先生は、パキっと描かれた眉から覗く細い目を再度「検査者名簿」に移す。  そうして、うんうんと名前を確かめてから、検査順が最初の美月を呼んだ。  言うや美月を伴って公民館の出口に向かう先生達を他所に、残った俺ら兄妹は観葉植物に囲まれたソファに腰かけ待つことにした。  言うほど間を置かず、額に汗をにじませた美月が戻ってくると次は俺らしく「どうぞ」と身振りで玄関を指し示してくる。  早く行きなよと顎でも正面のすりガラスを指してくる美月に急かされるまま、俺はほんの束の間外に出た。  いくら検査着が薄いとはいえども、辟易するような湿度の真っただ中重ね着をしてることに変わりない訳で、 「……うへ」  ついつい、襲い来る夏の湿気に回れ右! でもしたくなってくる。  けどそんな思いが首をもたげてきたのとほぼ同時、俺の目の前にはホールボディカウンター車の中央ハッジが口を開け待ち構えていた。  ちょうど、公道や駐車場からは覗かれない絶妙な位置取りだ。 「神咲彩人です。入っていいですか? っていうか入りますね、お願いしまーす」  俺は諾の答えを待つことなく、テケトーに呼びかけながら涼しい場所を求めタラップを上がっていく。  外からパット見た感じだとあんま分かんなかったんだけど、カウンター車の中は思ったよりも広々としていた。  まあ後部には検出器が積まれてるんでゴテゴテっとはしてるんだけど、  その向かい、運転席側に目線を振ってみれば紅遠先生とあと一人、たぶん検査技師と思われるケーシー白衣の男性が座っていた。  俺は二人にペコっと頭を下げてからもう一度挨拶をする。 「神咲彩人です。今日はお世話になります」 「はいはい神咲彩人くんね」  一度、俺の顔を確認してから紅遠先生はさっき俺が出した問診票をちらっと見る。 「えーっ……今日の体調に変わったところはなしっと、なるほどね」  その後、俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟いてから先生は、しっかりと目を合わせてくる。  そうは言えど、俺の方はフロントガラスからの陽光が反射して先生の、そのレンズの奥の瞳孔を伺いみることはできないんだけどさ。  でもなんでだろ、柔和な雰囲気をまとったその向こうから値踏みというか、「観られて」る感じがするのは気のせいっちゃ気のせいなんだろうけども……  ゆうて「診る」のも仕事だろうしな。 「さあてっと、改めて説明することはないんだけどね。今回も送付された書類にもあった通りというか、それ以上のことはないんだけど。神咲くんは数分、検出器の前に立ってくれればいいだけだから」  やや気もそぞろな感じになっていた俺を引き戻すように、紅遠先生のふわりっと落ち着くトーンの声が俺の耳に滑り込んでくる。  促された通り「あ、はい分かりました」と返事をして、俺が検出器の方に進むとそれから5分と掛からず検査は終了した。
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