宵祭り-4.今現在も傷跡も、止まったままなのが田舎だっけ……?

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宵祭り-4.今現在も傷跡も、止まったままなのが田舎だっけ……?

「あ、兄さん兄さん。美月さんのどれにしよっか?」 「んーと、そうだな……」  ちょうど国道から一本入った東の通り、  よくよく近づいてみないことにはそれがパン屋であると分からない。っていうか土地勘ナイト辿り着くのも至難な店内で、取っ手を引いて開けるタイプのブレッドケースを前に彩花が聞いてくる。 (にしても、店開いててよかったな)  うんうんと悩んだ様子でショーケースを見つめる彩花の隣、妹と肩を並べ一緒にケース内を覗き込みながら俺はそう独り言ちた。  有線からクラシックなんぞが流れている店内には俺達兄妹しかおらず、ゆうて平日の昼下がりを過ぎたとあってかがらんとした店の中には弛緩した雰囲気が漂う。  そんな、(俺が生まれる前から営業しているらしい)地元のパン屋さんはどうも昔っから曜日によってやってるやってないのガチャ感が強く、ぶっちゃけ来る直前になってうれしそうな彩花とは反対に心配してたりもしたんだけど、  っていうか確か、そもそもお盆は定休日ですよーって明示されてた気がしたから余計に…… (でもまあ、それも杞憂に終わったみたいだけどさ)  相変わらず遠目にはパン屋だと分かりにくい看板の掛かった店前にやってくると、明日からまとめて盆休みを取ってしまうからーということで「本日は特別に営業しています!」との張り紙が。 「すぐ社内に持ち込める訳じゃあねえしな。ここはシンプルに焼き菓子、マドレーヌとかでいいんじゃないか?」  パン屋に到着した際のことを振り返りつつ、取っ手を引いた俺がさっそく下段端のマドレーヌへトングの狙いを定めた時だった。  少し屈んだところでふと隣を仰ぎ見れば妹の、どこか生暖かいものを見るような緩み切った目元と視線がぶつかる。 「え、どうかしたか?」 「まったくもう兄さんってば、ここはシンプルに~とかいってちゃんと美月さん好きなの知ってるじゃん!」  いきなりニマニマと、突然悶えだす妹をはいはいと軽く往なして、俺は「変にリアクションするのも悪手だろうから」といたって自然に・やれやれとマドレーヌにトングを伸ばした。 「じゃあ俺は、このクリームフライにするかな?」  何が妹をそうさせるのか、なんだか勘違いまっしぐらーな彩花を放置して俺は自分の分をトレーに乗せる。 「んで彩花はどれにするよ?」  サクサクっと揚がったパンの中にたっぷりのクリームと、さらにパン生地表面にはふんだんに砂糖が塗してあるというただただ激甘な菓子なのだが、つい懐かしさのあまり俺はそれを手に取る。  そんな感慨に浸っていたのも束の間、俺は今だに「返ってこない我が妹」にカチカチとトングを鳴らしながらじとっと白い目を向けた。 「んーとね、そうだね私はじゃあこの棒ネコ型ロボットモドキパンにしようかな~?」  それから俺の催促もどこ吹く風と、全く意に介した風もなく彩花はこの手のパン屋にありがちな「え、これ版権大丈夫?」なキャラクターを象ったパンを指さす。  ゆうてもしっぽはまん丸じゃなくてハート形? だしポッケも星みたいになってるからギリギリセーフ……いやアウトじゃね? って気もするんだけどさ。 「これ、な。オーケー」  言われるがままにそそくさと、指定されたパンをトレーに乗っけた俺は、これ以上余計なことを言ってしまう前にとすぐ会計を済ませることとした。 ◇ 「うげ、分かっちゃいたけどこんな甘いもんだっけ!?」  パン屋を後にした俺達は、駅前の駐輪に止めてあるという彩花の折り畳み式バイクを取りに行きがてら本通りをフラつく。  そうして今しがた買ったばかりの揚げパン・記憶にあるよりもだいぶ濃厚なクリーム&シュガーパンチにやられながら俺は先導する彩花に付き従う。  同じ町内であるとて海岸まで1キロもないここいらは、実家(うち)のある内陸とは体感の気温差が全然違う。  まあだから外にいても比較的歩きやすいって訳じゃあないけど、ほんのり潮風さえも感じられるような駅前はそこそこに過ごしやすかった。  そしてそんな町中を進んでいくと、これもまたここ3~~4年くらい前から改修工事の始まった地元駅が近づいてくる。  改装入ったっていっても真夏の、それも真昼間の利用客が多いって話ではないんだけど。  それでも、駅を降りて徒歩5分もしないところに地元有名スーパーがあったりするもんだから、意外と隣接する北部の町から電車を乗り継いでわざわざやってくるじいさんばあさんの数も少なくない。  あとはまあ、通学とかで液を使う学生も時間帯によってはけっこう見受けられるくらいか。  俺がそうやって「地元駅情報」に思いをはせていると、もうすぐそこまでこぎれいとなった駅舎が迫ってきていた。  俺が感心したように駅舎を改め見ようとする暇を与えず、彩花がスタスタと駐輪へと向かっていってしまう  なので、駅をじっくり眺める間もなく自然と俺の目も秒と掛からず取って返してきた彩花の方へと引き寄せられた。 「兄さんそれじゃあ、がんばってね」  そう言い残すや、ひょいっとサドルをまたいだ彩花が軽快にペダルをこぎ始める。  彩花がスイーっと俺の脇を滑っていく団になって気づい……いや今の今まで失念してた俺も俺だけどさ! 「あのー、その彩花? 俺は……?」  爽快そうにペダルをこぐ妹の背を見送って、俺は半ば呆けたようにフリーズする。  どうする? 俺の、足がねえ……ということに思い至ったところで、どんどん彩花の姿は遠ざかってくし、  それに追い打ちをかけるように、顔だけちらっとこっちに向けるとそのまんまるでちっちゃな顎を傾けてからくいと親指を上げサムズアップしてくる始末。  身内からのまさかの仕打ちにさすがの俺も口をぽかんとせざるを得ない。 「ウソだろおい!?」  固まる俺を他所にそんな妹との距離は離れるばかりで、 「……ぜえ、はあ。いやちょっと、なあ彩花? もう少しスピード緩めてくれたりとか……」  何が悲しくて、帰省した地元の往来でマラソンまがいなことをせにゃあならんのか。  彩花が止まってくれる素振りは全く、これっぽっちもないのでしゃあなし俺は「自前の足」で追いかけながら、まあゆうても必死に走ってるつもりはないんだけど……  10数メートル置きに止まっては振り向きを繰り返すくらいならそんなスピード出さなければいいのに、 「そんなんやってると転ぶぞ?」  一応兄らしく? まるで小学生の頃、おてんばだった彩花にしていたように呼びかけてやりながら、国道に出ること15分弱。  まもなく美月が先に行ったホームセンターに着こうかというタイミングで、変わらず気持ちよさそうに走っていた彩花が「あっ」と間の抜けた声を上げる。 「兄さんあれ!??」  突然切羽詰まったような鋭い声を発したかと思えば、わなわなと前方の何かを指さした。 「おいおいいきなりハンドルから手離すなよ! こんなビュンビュン車飛ばしてる国道で倒れたらどうす……?」  そこまで言いかけ俺もようやく彩花の示す方、  右手にぽつらぽつらと連なる軒先の合間、宅地の陰からぬっと出てきた老婆らしき姿に目を留める。  なんだか終始楽しげだった雰囲気から一変、彩花はハンドルを握りなおすのも忘れ指さしたままの格好で指先を震わせる。  よく見るとその動揺は人差し指から手首、そして肩先から全身へと徐々に広がっているようだった。  そんな尋常じゃない妹の様子に「……彩花?」とその名を呼ぼうとした瞬間、  法定速度何それおいしいの? といわんばかりのダンプが幾台か続いた後、さらにもう一台の重量ダンプが大きなクラクションを鳴らす。  せつな、クローズアップされた俺の視界にはいくばくか先に横断歩道があるにも関わらず、路地を抜けてきたばあさんが車道を渡ろうとする光景。  彩花が何かを言うよりも早く、とっさに俺は疲労した足にむち打って飛び出していた。 「あっぶねえぞ、ばあさん!?」  もはやハンドルを握るのもままならないといった風な妹のチャリを回り込み、パパパッと鳴らされるクラクションを背後に俺は最後両足のギアを上げる。  直後、ひときわパーっと甲高い警笛と共に、耳の奥でドクドクと血液が流れるのを感じながら俺は、膝を前に突き出しかけていたばあさんの肩先をひっつかんだ。 「はあ?」  しっかしまあ、背中にびっしょり汗をかいた俺とは裏腹に、耳が遠いのか呼び止められた内容も届いていなさそうな八十代前後のばあさん。 「ええっとだな」  俺は弾む息を落ち着かせるようにしながら車道を指すと、ゆっくりとした口調で言い聞かせる。 「はあ、そうかいそうかい、そうだったかい。そらあすまんかったねえ」  分かっているのかいないのか、耳を傾けていたばあさんはこくこくと首を縦に振り頷いてはみせるけど、  自分が引かれそうになっていたということだけでも伝わってると信じたい。  そこでようやく、きゅいっとブレーキを掛け自転車を止めた彩花が俺のそばに寄ってくる。 「兄、さん」  不安そうに顔を青ざめさせる彩花へ「問題ないよ」と手振りで示してやってから、俺はばあさんに向き直る。 「ばあさんせめて、あそこにある横断歩道使おうぜ」  ほら、あっちあっち。と俺らの立つところから数メートル先の横断歩道を指し示し、彩花と二人ばあさんを誘導する。 「ああはいはい、悪いねえ」  まあ素直に従ってはくれるものの、何が起きたかも判然としないんじゃ生返事になっちゃうのも致し方ないか。  別に、俺らも向かい側に行くつもりだったから見守る分には何ら問題ないんだけどさ。 「ありがとうねありがとない、ほんとお世話様」  しきりにそれだけ繰り返すと、俺らとは反対方向にばあさんはよたよたと歩き出す。  かといって足がもつれるなどのフラつきはなく、ゆったりとしたペースで離れるばあさんに「気を付けてな」と声をかけた俺の額を塩気の含んだ風が浚う。  ふっと駆け抜けた心地よさに詰めていた息を吐いて、我に返った俺は後ろを無言でついてくる妹に目を移した。  俺同様、じーっと老体の背を見つめる彩花の瞳に張り詰めたような気配はないように思うけど、 (いくら10年経ったっていってもな、母さん達のことが失せる訳もねえよな) 「さあさ、んじゃまあ俺達も行こうか。あんまり遅れっと美月にどやされちまうしな」  わざとおどけてみせる俺に「うん、そうだね」とはしゃいでいたなりをすっかりひそめて、彩花はどんよりトボトボ自転車を押し出す。  さっきまでみたいにズンズンと先を行かず、俺の左脇・車道から遠い位置をついてくる妹。 (まあやむを得ないんだけどさ。とりあえず震えは止まったみたいだな)  そんな彩花に寄り添うようにして、俺は合流地点までの道を黙って進んだ。
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